虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます



「お疲れさまです」
「お疲れさま」

華怜は森川と言葉を交わしながら、真矢に目を向けてくる。
少し驚いた様子だったが、すぐにエレベーターに乗り込んで下りていった。

「さ、急ぎましょう」
「はい」

ここは明都ホテル本社ビルの中でも、なかなか入ることができない役員室のある階だ。
森川に続いて廊下を進みながら、真矢の心臓はバクバクと音を立て始めた。
重厚なドアの前で森川が立ち止まった。壁にある縦型のプレートに「都々木岳」とある。
経営企画部とは別の、岳のための役員室のようだ。

森川がドアをノックする音を聞くだけで、真矢の緊張はピークに達し、少し震えてしまった。
中に入ると大きなデスクの前に岳が座っていた。足を踏み入れると、無言のままこちらを見ている岳と目があった。

「鶴田真矢さんをお連れしました」
「ごくろうさま」

岳は両手を組んでデスクに肘をついている。その手に顔をのせて、じっとこちらを見つめてくる。
なんだか町を案内したときと違って、岳の表情が固いように感じる。
威圧感があって、怒っているのかと思うくらいに無表情だ。

森川はさっさと部屋から出て行ったので、広い部屋にふたりだけになると真矢は自分の格好が気になってきた。
なにしろ披露宴に出席したあとだから、いつものストレートヘアではなく美容院でセットした髪型だし、着ているのもブルーのシフォンのワンピース。しかも足首までの長い丈だ。大企業の無機質なオフィスには不似合いだから、真矢は気まずいまま立ちつくしていた。

「その服装は?」
「友人の結婚式と披露宴があったので」

「それでか……」

なにが「それで」なのか意味がわからず、真矢はどう返事すべきか迷った。

「金曜日の会議に、君も出席するように伝えてもらったはずだ」
「会議、ですか?」

思わず尋ねると、今度は岳が驚いた顔になった。

「例の資料について説明してもらおうと思っていたんだ。支配人からなにも聞いていないのか」

なんの会議かわからないが、このところ叔父夫婦の様子がおかしかったのはそのせいだろう。

「申し訳ございません。存じませんでした」

真矢の返事を聞いて、岳がやれやれというように肩をすくめた。



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