虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます
「ごく一部から、こんな話も聞いている」
「なんでしょう」
「君は、鶴田家で不当な扱いを受けているってね」
誰がそんなことを岳に伝えたのだろう。
対鶴楼の従業員か、もしくは和真か遠藤の祖父だろうか。どちらにしても、岳にだけは知られたくなかった。
「そんなことは」
「ないと言い切れるのか?」
否定しかけたが、ついうつむいてしまった。
金曜日に明都ホテルグループとの話し合いがあることすら伝えてもらえなかった事実がある。
真矢が息を整えてから顔を上げると、岳と視線があった。
目の前の男性はさっきまでの経営者の顔ではなく、心配そうな目で真矢を見てくれている。
絡まる視線の先に、岳がいる。
以前にも感じた、パズルのピースがパチッとかみ合うような不思議な感覚がわき上がってきた。
岳もなにか感じているのか、じっとお互いに見つめあったまま身動きひとつできない。
岳がソファーから立ち上がったので、やっとふたりの間の空気が揺れた。
岳は真矢のそばまで来ると、すっと手を差し伸べてくる。どうしようかと迷ったが、真矢は自分の手をその上に乗せた。
温かさに触れると、神社の階段で手をつないでいたことを思い出す。そのまま導かれるようにして立ち上がった。
「今はともかく、ご両親を亡くしたばかりだった君にはつらかっただろう」
その言葉は、真矢の心を貫いた。中学生だった真矢が、一番ほしかった言葉だ。
弟と離されて、鶴田家で暮らし始めてから涙を見せないように気を張って生きてきた。
対鶴楼の手伝いもしたし、東京に戻るために必死で勉強もした。
(私、つらかったんだ)
そんな日々にこそ、誰かに言ってほしかった言葉だった。
両親を失った真矢には、よりどころがなかった。
頼りになる人、支えてくれる人がいてくれたらと、ずっと心の中では求めていたのだ。
(私は、思いっきり泣きたかったんだ)
真矢は「つらかったら泣いてもいいよ」と誰かに言ってもらいたかったのかもしれない。
岳に思わず「がんばれって言ってもらえませんか?」と頼んでしまったのも、またあそこに帰って、泣かずにがんばらなくてはと思ったからだ。
今は真矢のすぐそばに、岳の広い胸がある。もし真矢が泣いたら、この人はきっと黙って背をなでてくれるなずだ。