虐げられ続けた私ですが、怜悧な御曹司と息子に溺愛されてます
「お疲れさまです」
真矢がのぞくと、座卓を囲んで数人のスタッフが休憩していた。畳敷きだから、足を崩してくつろいでいる。
「あら、お帰りなさい」
「早かったね」
「これ、お土産です。お休みをいただいてすみませんでした」
「ちょうどよかった。お茶うけにいただこう」
「真矢さん、東京に行ってたんだっけ」
ベテランスタッフたちは、どうやら真矢と話したくてうずうずしていたようだ。
「金曜日に、明都ホテルグループの御曹司が来たの。そこって、真矢さんが前に勤めていた会社だよね」
「すっごくかっこいい人だったわ」
「すみません。私が働いていたのは銀座のホテルなので、本社のことはよくわかりません」
岳たちが訪ねてきたことはスタッフの間でも大きなニュースになっていて、明都ホテルで働いていた真矢にあれこれ聞いてくる。
少し前に岳が対鶴楼に泊まっていたことには気がついていないようだ。
「それもそうか~」
「ホテルを辞めるころ、大きな人事異動もあったので」
真矢はうそは言っていない。会社を辞める日が、岳たちのお披露目パーティーだったのは事実だ。
「御曹司なんて、偉い人だもんねえ。話したこともないんじゃない」
「明都ホテルっていえば大きなホテルだものね」
真矢は黙ってうなずいておいた。ここでは何も知らないように振る舞うのが正解だろう。
「なにか女将から聞いてない?」
「いえ、何も」
「若女将の縁談かもね」
「陽依お嬢さん、おめかししてお出迎えしていたし」
「いつも以上にニコニコして、愛嬌たっぷりだったわよ」
スタッフのうわさは買収話ではなく、陽依の縁談というとんでもない方向へ膨らんでいた。
岳に対する陽依の態度は、皆から見ても積極的だったのだろう。
しばらくおしゃべりに付き合ってから、真矢は自分の家に帰った。小さな家に入ると、居間にぺたりと座り込んだ。
(疲れた……)
結婚式、披露宴、二次会、そして岳と会ったこと。こんな慌ただしい週末を過ごすのは始めてだ。頭の中ではまだ東京での出来事が渦巻いている。
(早く休もう)
明日からまた仕事だ。真矢は疲れをとろうと、その夜は早めに布団にもぐりこんだ。