新海に咲く愛
その日のレッスン後、海斗はプールサイドで一人考え込んでいた。

長袖水着越しでも見えたあざ。

そして倒れそうになるほど疲れている様子――何かがおかしい。
しかし、それ以上踏み込むべきなのかどうか迷っていた。

「あんな痣……普通じゃないよな。」

彼は職業柄、生徒一人ひとりの身体状態には敏感だった。
そして、その痣や疲労感から感じ取れるもの――それは単なる運動不足や怪我ではないような気がした。

次の日もレッスン中、海斗は意識的に奈緒を見るようになった。
彼女は周囲と距離を置き、一人静かに泳ぎ続けている。
その姿にはどこか悲壮感すら漂っていた。
レッスン終了後、海斗は意を決して声をかけた。

「中村さん、お時間少しいただいてもいいですか？」

驚いた表情を浮かべながらも、「はい」と頷く奈緒。
そのまま二人はプールサイドのベンチへ向かった。
海斗は慎重な口調で切り出す。

「今日、中村さんのお話じゃなくてもいいんです。でも……もし何か困っていることとかあれば話してくださいね。」

その言葉に奈緒は一瞬目を見開いた。しかしすぐに俯き、小さく首を振った。

「大丈夫です」と繰り返すばかりだった。
それ以上何も聞けず、海斗もそれ以上追及することなく、「無理しないでくださいね」とだけ伝えた。




帰宅した奈緒にはまたしても貴弘の怒声が待っていた。

「母さんから聞いたぞ！」

といういつものフレーズ。
そしてまた腕を掴まれ、新しい痣が増えていく。
それでも彼女は声一つ上げず耐えるしかなかった。

ただ、一つだけ変化したこと――それは心の奥底で、「誰か助けてほしい」という小さな願望が芽生え始めていることだった。
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