新海に咲く愛

出産予定日が近づき、奈緒のお腹は大きく膨らんでいた。

海斗は「無理するなよ」といつも口にしていたが、
奈緒は「少し歩いた方が体にもいいですから」と笑顔で答えていた。

そんなある日、奈緒は一人で近所のスーパーへ買い物に出かけた。

買い物を終え、重たい袋を持ちながら帰り道を歩いていると、不意に背後から声が聞こえた。

「……久しぶりだな。」

その声に奈緒の体は凍りついた。
振り返るとそこには貴弘が立っていた。
以前よりも痩せこけ、目には狂気じみた光が宿っている。

「どうして……ここに……」

奈緒は恐怖で言葉を詰まらせながら問いかけた。

「どうして？ 俺が聞きたいよ。お前だけなんでこんな幸せそうなんだよ！」

貴弘は声を荒げながら一歩ずつ近づいてきた。

「俺は全部失ったんだぞ！ 会社も家族も……親からも見放された！ それなのにお前は……妊娠して幸せそうにしてやがって！」

その言葉には嫉妬と怒りが混じり、奈緒は後ずさりするしかなかった。　

「もうやめてください……私はただ……普通に生きたいだけなんです……」

「普通？ お前が俺をこんな目に遭わせておいて普通だと？ ふざけるな！」

貴弘の声はさらに荒々しくなり、その手が奈緒の腕を掴んだ。　

「やめてください……！」

奈緒は必死に抵抗したが、貴弘の力には敵わない。

そして次の瞬間――







「お前なんか幸せになれるわけないんだよ！」

貴弘が強く突き飛ばした。
その先には階段――奈緒はバランスを崩し、そのまま階段へと倒れ込んでしまった。

「っ……！」

咄嗟にお腹を庇いながら転げ落ちる奈緒。
激しい痛みと共に視界が揺れ、彼女はその場で動けなくなった。

「くそっ……！」

貴弘はその場から逃げ出した。その背中を見送ることもできず、奈緒は意識を失いかけながらお腹に手を当て、小さく呟いた。

「お願い……赤ちゃんだけは……」