新海に咲く愛
手術から数時間後、海斗は奈緒が眠る病室へ案内された。
そこには多くの医療機器に囲まれた奈緒の姿があった。顔色は青白く、人工呼吸器に頼っている状態だった。

「奈緒……」

海斗はベッドの横に座り込み、その手をそっと握った。
その手は冷たく、力が入っていない。

「お前さ……頑張りすぎなんだよ。俺にも赤ちゃんにも会わずにどこ行こうとしてんだよ……」

彼は必死に涙を堪えながら語りかけた。

「お前と一緒じゃなきゃ意味ないんだよ。だからさ……絶対戻ってこいよ。俺と赤ちゃんと一緒にさ……また笑ってくれよ……」

その言葉に応えるような反応はなく、ただ機械音だけが病室内に響いていた。
それでも海斗は奈緒の手を握り続け、「絶対大丈夫だ」と自分自身にも言い聞かせていた。

「ねぇ、奈緒。赤ちゃんの名前、前に決めたよね?『咲』って名前にするんだよね? 俺、すごく気に入ってるんだ。」

その言葉を語りかける海斗。奈緒から返事はなかったが、彼はその名前を繰り返し呟きながら、彼女の回復を信じ続けた。



翌日――

廊下で待機していた海斗のもとへ医師が現れた。その表情には深刻さが滲み出ている。

「小林さんのご主人ですね。」

「はい……奈緒はどうなんですか? 何か進展ありましたか?」

医師は一瞬迷うような表情を浮かべた後、静かに口を開いた。

「奥様ですが、大量出血と心停止による影響で脳へのダメージが懸念されています。
このまま意識が戻らない場合、最悪の場合植物状態になる可能性も否定できません。」

その言葉に海斗は目を見開き、その場で足元が崩れるような感覚に襲われた。

「そんな……そんなことあるわけないだろ……! 奈緒は強いんだ! 絶対戻ってくる!」

医師もまた苦しい表情で頷いた。

「私たちもそう信じています。ただ、ご家族として覚悟も必要です。」

その言葉に海斗は拳を握りしめ、「覚悟なんてするわけないだろ!」と声を荒げた。

しかしその後すぐ、自分自身を落ち着かせるように深呼吸し、「すみません……でも俺には奈緒しかいないんです」と絞り出すように呟いた。
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