新海に咲く愛

2.完璧な家族の仮面

都会の高級住宅街に佇む白亜の大邸宅。

中村家は誰もが羨む「完璧な家庭」として知られていた。

夫・貴弘は大手食品メーカーの部長で、次期社長候補。美しい妻・奈緒はその隣で微笑む「理想の妻」として振る舞っていた。

しかし、その家の中では、外からは見えない歪みが静かに広がっていた。
奈緒はその日も、姑・美智子からの電話を受けていた。

いつものように厳しい口調で、彼女の行動を細かく指示する内容だった。

「奈緒さん、スイミングスクールにはちゃんと通っているわよね? あなた、私が言った通りに動かないと、この家の恥になるのよ。」

姑・美智子は世間体を何よりも重視する人物だった。
奈緒にスイミングを勧めたのも、「美しい妻」として体型を維持し、周囲から羨まれる存在であるべきだという彼女なりの価値観からだった。

「はい、お義母様……もちろんです。」

奈緒は小さく答えた。
その声はどこか震えていた。電話越しでもそれを感じ取った美智子は冷たく言い放つ。

「あなた、本当に頼りないわね……貴弘にも迷惑をかけないようにしなさい。」

電話を切ると同時に奈緒は深く息を吐いた。
この家では、自分の意思など存在しない。ただ姑と夫の期待通りに動くだけ。

それが彼女の日常だった。
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