【短】卒業〜新井かんなの場合〜
大学2年になって学生生活にも慣れた頃、あの男に出会った。
第一印象はただ「顔が綺麗な男」。
自分でもその事を自覚していることが伝わってくる態度を取るが不思議と嫌味にはならない。
いつも顔には笑みを貼り付けて、キャッキャと騒ぐ彼目当ての女生徒の相手もなんなくこなす。
表面上は愛想良くしているが、決して自分のテリトリーには踏み込ませない男だと思った。
だからあの日、雨が降っているのに傘もささずに人のバイト先にやってきて、「寒いから温めろ」と泣きそうな顔で言ってきた時にまず感じたのは驚きの感情だった。
何があったのかは知らないが、彼が人前で弱っている姿を見せるなんて。
綺麗な顔が泣きそうに歪んでいる様は見ているこちらまで胸が切なくなるほどで。
ついで少しの優越感。
彼が弱っている姿を自分にさらけだしている。
いつも作り笑いをしている彼のテリトリー内に入れた気がした。
だからだろうか、気付いたら差し出されたその手を取っていた。
けぶるような雨が降る、6月の出来事だった。

それから2年と10ヶ月、求められるまま体を差し出してきたけれど、卒業を機にそれも終わりを迎えようとしている。
目の前で会話に花を咲かせる友人達を見ながら、私はこっそりと溜息をついた。
いつもは好きで飲むブラックコーヒーが、なぜか今日は一段と苦く感じられた。
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