【短】卒業〜新井かんなの場合〜
「そんな野暮な事言うな。俺がやるって言ってんだから黙って受け取っとけ。それにしても意外と恥ずかしいもんだな。花なんか初めて買ったわ」

そう言って頭をかく仕草をする彼は、頬が赤い気がする。
なるほど何となく不機嫌そうに見えたのは恥ずかしがっていたからかと納得する。

なんで花束を?とか、一体どこのキザ野郎だとか、言いたい事は頭の中をグルグルしているけれど言葉にならず、彼を凝視してしまう。
実はセフレな卒業生に恥ずかしい思いをしてまで花束を贈る趣味があったなんて、意外だ。

私の視線に気づいたんだろう、一つ咳払いをすると、いつもの自信満々な態度で高慢な発言をする。

「俺様の貴重な労力を費やした花束を受け取ったお前は、今夜俺に付き合う義務がある。駅前の◯◯ホテルのロビーに17時だ。遅れるなよ」

周りがざわりと騒がしくなった気がした。
彼が花束を抱えて現れただけでも注目の的だというのに、周囲の目を気にしないこの発言。
彼とこんな風に研究室以外で話すだけでも珍しいのだ。それだけでも驚くというのに。
普通の助手と生徒はホテルでなんて会わない。
男女の関係を示唆するような内容に周りの学生達がコソコソと耳打ちあっている。

やめてよ、と叫びたくなった。
だと言うのに目の前のこの男は満足げな顔をしてじゃあ、と手を挙げて颯爽と去っていく。

思わずその場に棒立ちになっていたが、慌てて声を張り上げた。

「私、行きませんよ!」

こんな大きな声を出したのはいつぶりだろう。
こちらは必死だというのに、歩みを止めてゆっくりと振り返った男は、余裕たっぷりの顔でこう宣う。

「お前は絶対来るよ。絶対だ」

今度こそあっけにとられている私を置いて、彼はその場からいなくなった。

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