【短】卒業〜新井かんなの場合〜
スイートルーム
「まずは卒業おめでとう」
食前酒で乾杯すれば、色鮮やかな前菜からコース料理がスタートする。
「……なんか言いたそうな顔してるな」
「どうしてこんな事するんですか?」
「どうして?変な事聞くんだな。今日はお前の卒業式だろう」
祝ってなにが悪いと言う彼に、そうゆうことではないのだが…と頭を悩ませる。
頭の回転が速いこの男の事だ。私の言いたい事がわからない訳がない。
わざとはぐらかしてくるなんてなんてタチが悪い…
「こんなふうに祝ってもらう理由がありません」
「理由が必要か?俺とお前の仲じゃないか。水くさいこと言うなよ」
いつもの人を小馬鹿にするような笑みを浮かべながらそう言う目の前の男に、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「ただのセフレに、こんな事するなって言ってんの‼︎」
こんな事されたら期待してしまう。
もしかしたら彼の特別になれるんじゃないかって。
そんな期待を抱いている自分に気付いてしまう。
その期待の裏側に、彼への好意があるって認めざるをえなくなってしまう。
そのどれもが自分には都合が悪くて、今まで必死に気付かない振りをしてきたのに…
最後の最後にひどい裏切り行為だと、彼を精一杯睨みつける。
ところが目の前の男は余裕そのもので私を見つめてくる。
その目はどこか甘さを含んでいる気がして、それが余計に私の神経を逆撫でする。
「珍しく感情的だな。そうゆうお前を見れて光栄だね」
それまで持っていたグラスを静かに置いたと思ったら、真剣な表情でこちらを見てくる。
もう口元に笑みは浮かべていない。
「俺はお前をセフレだと思った事なんて一度もない。確かにそう思わせる言動を取ってきたし、勘違いさせてるって事も分かってた。敢えてそうしてきた事を後悔はしていないし、お前に勘違いされて悲しいなんて事もない」
「……意味がわかりません」
「わからないんじゃなくてわかりたくないんだろ。賢くて人の感情に敏感なお前の事だ。お前は俺の気持ちにも自分の気持ちにも本当は気付いてる。それを見ない振りをするお前の事を、今までは甘んじて受け入れてきた」
心臓がドクドクと早鐘を打っている。その先を聞きたいのに聞きたくない。でも彼はそんな私の想いを覆い尽くすような熱量で言葉を続ける。
「好きだ、かんな。今までは助手と生徒の関係って事もあって大っぴらには出来なかったが、卒業したなら遠慮はしない」
時が止まったかと思うような静寂が訪れた。
好き?私を?目の前のこの男が?
俄には信じられないが、男の目は真剣そのものだ。
真っ直ぐ過ぎて直視できない。
「……なにを今更…そんな事を…」
「今更じゃない。やっとだ。これからは今までみたいにコソコソ会ったりする必要も、言葉を我慢する必要もない。堂々と一緒にいられる」
「……そんな事、私は望んでません…」
彼とは今日でお別れだと思ってこの数ヶ月を過ごしてきた。
今まで散々叩いた軽口も、研究がうまくいった時に見せた笑顔も、分け合った熱も、全て大学時代の思い出として胸にしまってこれからを生きていくつもりだった。
そう決意していたのに、口から出た言葉は今にも消え入りそうで儚いものだった。
「嘘だね」
「嘘なんかじゃ…」
「いいや、嘘だ。お前は俺の事が好きだよ、かんな」
そう言い切る目の前の男をやっと見ると、その顔には逃さないと書いてあった。
「俺が今まで曖昧な関係に甘んじていたのは、決定的な事を言えばお前が逃げるって分かってたからだ。お前はもし俺が普通に付き合って欲しいって言っても了承しなかっただろう。他人を信じて自分のテリトリーに入れる事を怖がるお前を手に入れる為には、在学中は曖昧な関係を続ける方が得策だと思った。でもそれもお終いだ。俺はもう待たないと決めた。」
「いいかげん自分の気持ちから逃げるのはやめろ。お前も分かってるだろう?」
分かってる、本当は分かってる。
私がもう取り返しのつかない程目の前の男に惹かれている事も。
目の前の男が、2人きりの時にはとびきり優しく甘く自分に触れてくる事にも。
食前酒で乾杯すれば、色鮮やかな前菜からコース料理がスタートする。
「……なんか言いたそうな顔してるな」
「どうしてこんな事するんですか?」
「どうして?変な事聞くんだな。今日はお前の卒業式だろう」
祝ってなにが悪いと言う彼に、そうゆうことではないのだが…と頭を悩ませる。
頭の回転が速いこの男の事だ。私の言いたい事がわからない訳がない。
わざとはぐらかしてくるなんてなんてタチが悪い…
「こんなふうに祝ってもらう理由がありません」
「理由が必要か?俺とお前の仲じゃないか。水くさいこと言うなよ」
いつもの人を小馬鹿にするような笑みを浮かべながらそう言う目の前の男に、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「ただのセフレに、こんな事するなって言ってんの‼︎」
こんな事されたら期待してしまう。
もしかしたら彼の特別になれるんじゃないかって。
そんな期待を抱いている自分に気付いてしまう。
その期待の裏側に、彼への好意があるって認めざるをえなくなってしまう。
そのどれもが自分には都合が悪くて、今まで必死に気付かない振りをしてきたのに…
最後の最後にひどい裏切り行為だと、彼を精一杯睨みつける。
ところが目の前の男は余裕そのもので私を見つめてくる。
その目はどこか甘さを含んでいる気がして、それが余計に私の神経を逆撫でする。
「珍しく感情的だな。そうゆうお前を見れて光栄だね」
それまで持っていたグラスを静かに置いたと思ったら、真剣な表情でこちらを見てくる。
もう口元に笑みは浮かべていない。
「俺はお前をセフレだと思った事なんて一度もない。確かにそう思わせる言動を取ってきたし、勘違いさせてるって事も分かってた。敢えてそうしてきた事を後悔はしていないし、お前に勘違いされて悲しいなんて事もない」
「……意味がわかりません」
「わからないんじゃなくてわかりたくないんだろ。賢くて人の感情に敏感なお前の事だ。お前は俺の気持ちにも自分の気持ちにも本当は気付いてる。それを見ない振りをするお前の事を、今までは甘んじて受け入れてきた」
心臓がドクドクと早鐘を打っている。その先を聞きたいのに聞きたくない。でも彼はそんな私の想いを覆い尽くすような熱量で言葉を続ける。
「好きだ、かんな。今までは助手と生徒の関係って事もあって大っぴらには出来なかったが、卒業したなら遠慮はしない」
時が止まったかと思うような静寂が訪れた。
好き?私を?目の前のこの男が?
俄には信じられないが、男の目は真剣そのものだ。
真っ直ぐ過ぎて直視できない。
「……なにを今更…そんな事を…」
「今更じゃない。やっとだ。これからは今までみたいにコソコソ会ったりする必要も、言葉を我慢する必要もない。堂々と一緒にいられる」
「……そんな事、私は望んでません…」
彼とは今日でお別れだと思ってこの数ヶ月を過ごしてきた。
今まで散々叩いた軽口も、研究がうまくいった時に見せた笑顔も、分け合った熱も、全て大学時代の思い出として胸にしまってこれからを生きていくつもりだった。
そう決意していたのに、口から出た言葉は今にも消え入りそうで儚いものだった。
「嘘だね」
「嘘なんかじゃ…」
「いいや、嘘だ。お前は俺の事が好きだよ、かんな」
そう言い切る目の前の男をやっと見ると、その顔には逃さないと書いてあった。
「俺が今まで曖昧な関係に甘んじていたのは、決定的な事を言えばお前が逃げるって分かってたからだ。お前はもし俺が普通に付き合って欲しいって言っても了承しなかっただろう。他人を信じて自分のテリトリーに入れる事を怖がるお前を手に入れる為には、在学中は曖昧な関係を続ける方が得策だと思った。でもそれもお終いだ。俺はもう待たないと決めた。」
「いいかげん自分の気持ちから逃げるのはやめろ。お前も分かってるだろう?」
分かってる、本当は分かってる。
私がもう取り返しのつかない程目の前の男に惹かれている事も。
目の前の男が、2人きりの時にはとびきり優しく甘く自分に触れてくる事にも。