最後の旋律を君に
 翌朝。

 律歌は教室に入るなり、まっすぐ自分の席へ向かった。
 昨夜の響歌との会話が頭の中でぐるぐると渦巻いていて、ぼんやりしたまま椅子に腰を下ろす。

 「律歌!」

 突然、明るい声が響き、律歌はハッとして顔を上げた。

 「おはよ!」

 早坂鈴子がニコニコしながら、机に身を乗り出してくる。

 「……おはよう、鈴子」

 「ねえ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

 鈴子の目が鋭くなる。

 「昨日の放課後、何かあった?」

 「え?」

 律歌の胸がドキリと跳ねた。

 「なんで?」

 「だって、今朝の響歌、めっちゃ機嫌悪かったもん。すごい不機嫌そうな顔して、誰にも話しかけられないオーラ出してたよ?」

 「……」

 律歌はそっと視線をそらす。

 やっぱり響歌は昨日のことを気にしていたのだろうか。

 「それに、律歌もなんか元気ないし。……何かあったでしょ?」

 鈴子はじっと律歌を見つめる。その視線から逃れることはできそうになかった。

 「……実はね」

 律歌は小さく息を吐き、昨夜の出来事を話し始めた。

 響歌に問い詰められたこと。ピアノをまた弾き始めた自分に、響歌が動揺していたこと。そして――

 「奏希さんにピアノを教えてもらってるって、響歌と両親に知られちゃったの」

 「……マジで!?」

 鈴子が目を見開く。

 「え、それって……まさか昨日、一緒に帰ってきたのって!」

 「うん。奏希さんが家まで送ってくれたの」

 「えええええっ!」

 鈴子が大げさに口を押さえる。

 「すごいことになってるじゃん! 高城奏希とそんな関係だったなんて!」

 「違うから!」

 律歌は慌てて鈴子を制止する。

 「ただの先生と生徒みたいなものだよ。私は教えてもらってるだけで……!」

 「でもさ、そんなすごい人が個人的にピアノを教えるって、普通ありえなくない?」

 「それは……」

 律歌は返す言葉が見つからなかった。

 確かに、なぜ奏希がここまでしてくれるのか、律歌自身もわかっていなかった。

 「ねえ、律歌」

 鈴子はふっと表情を和らげる。

 「正直に聞くけどさ。……律歌は、ピアノをまたちゃんとやりたいって思ってるの?」

 「……」

 律歌は少し考え、そして小さく頷いた。

 「うん……そう思ってる」

 「そっか」

 鈴子は満足げに微笑む。

 「だったら、やるしかないじゃん! 響歌が何を言おうと、律歌は律歌の道を進めばいいんだよ!」

 「……鈴子」

 「それにさ!」

 鈴子はニヤッと笑う。

 「このまま奏希さんともっと仲良くなって、もしかしたら恋に発展……なんてこともあるかもね!」

 「だから違うってば!」

 律歌は顔を真っ赤にして、思わず鈴子の腕を軽く叩いた。

 それを見て、鈴子は楽しそうに笑っていた。
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