最後の旋律を君に
ピアノを捨てたはずなのに、どうしてだろう。
毎日、心のどこかにぽっかりと穴が空いたような気がしていた。
ピアノがない生活には、すぐに慣れると思っていた。
でも、慣れるどころか、何か大切なものを失ったような気がしてならなかった。

学校では、何事もなかったかのように日々が過ぎていく。
私はただの「普通の高校生」になったはずだった。

だけど――。

「ねえ、お姉ちゃん、これ見てよ」

帰宅して部屋のドアを開けると、響歌が立っていた。
スマホの画面をこちらに向けてくる。

そこには、コンサートの動画。
私が最後にピアノを弾いた、あの夜の映像だった。
だが、再生ボタンを押すと流れてきたのは、私の演奏部分だけを切り取って編集されたものだった。

「みんなが言ってるよ? "ひどい演奏だった"って。"音楽の才能がないのに、なぜ舞台に立ったの?"って」

響歌が画面をスクロールすると、そこには匿名のコメントが並んでいた。

"妹の足を引っ張る姉なんていらないよね"
"才能ないのに出しゃばるな"
"響歌ちゃんが可哀想、こんな姉がいて"

「……っ」

息が詰まる。
言葉が出ない。

「私、何もしてないよ?」
響歌は無邪気な顔で微笑む。
その顔が、ひどく恐ろしかった。

「でもさ、お姉ちゃんがいなくなれば、みんなもっと楽しくなると思うんだよね」

その言葉が突き刺さる。
私の存在が邪魔だと、そう言っているのと同じだった。

「だから、もうピアノなんて忘れたほうがいいよ。ほら、スマホも全部消しちゃいなよ。そうすれば楽になるでしょ?」

私は震える指で、スマホを握りしめた。
響歌の言う通りだった。
全部消してしまえば、何もかもなかったことにできる。

――でも、本当にそれでいいの?

消したって、心の奥に残る後悔は、決して消えないのに。

だけど、私は何も言い返せなかった。
響歌の言葉を否定することも、立ち向かうこともできなかった。

私は、静かにスマホの電源を切ると、そのままベッドに倒れ込んだ。
布団を頭までかぶり、何も聞こえないようにした。

もう、何も考えたくなかった。
何も感じたくなかった。

ただ、静かに。
このまま、消えてしまいたかった。
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