キミと桜を両手に持つ
いつも不思議に思っていた。彼は他の社員と比べると私の事をよく構う。でもそれは藤堂さんが心配しているような男女の関係ではない。前田さんは若い女の子と色々付き合ったりしているけど、実は誰とも本気でないのが良くわかる。
彼は誰と付き合っている時も、どこか冷めたようなそんな態度が端々に見受けられる。まるで何もその関係に期待しないような初めから何かを諦めているようなそんな感じだ。
彼はコーヒーをもう一口飲むとじっと考え込むように宙を見つめた。
「うーん、多分娘たちに対する罪滅ぼし?」
「罪滅ぼし?」
彼の言っている意味がよくわからなくて思わず首を傾げた。
「娘達には如月さんのように優しくて強く前向きに生きる女の子になって欲しいと思ってるんだよね。だからかな、如月さんのことはなんとなく娘みたいに思ってるのかも」
「だったら私ではなく直接娘さんにしてあげたらどうですか?」
前田さんは「うーん…」と言いながら飲んでいるコーヒーをじっと見つめた。
「……もう娘には会えないんだ。というか会ってくれない」
「ど、どうして……?」
「俺が悪いんだ。家族を大切にしなかった俺がなにもかも悪いんだ」
いつも冗談ばかり言って陽気な彼が自嘲気味にポツリと呟いた。その姿には後悔と孤独が滲み出ている。
ふと今は生きているのか死んでいるのかもわからない父の事を思い出す。彼も前田さんの様に思うことがあるのだろうか……?
なんと言葉をかけたらいいのかわからなくて黙っていると、彼はゆっくりと椅子から腰を上げた。
「とりあえず、アグノスの件大変だとは思うけどよろしくね」
そう言ってリフレッシュルームを出ていく前田さんの姿を私はいつまでも見つめた。