キミと桜を両手に持つ

 これなら余裕で10人くらいは入れそう。子供達はここで泳げるんじゃないかと思う程の大きさ。お風呂には大きなガラス窓があって外の景色が見えるようになっている。でも窓を全開すれば露天風呂になって庭の風景を眺めながらお風呂に入れるらしい。 

 言葉をなくしてぼーっと突っ立っていると、藤堂さんは後ろから腕を回して私を抱きしめた。

 「後で一緒に入ろうな」

 耳の中に低く甘い声で囁く。

 「えっ……。そんなご家族がすぐそこにいらっしゃるのに一緒に入りませんよ」

 そんなこと彼の家族がいる前で、できるわけがない。それに彼とは一度も一緒にお風呂に入ったことがない。顔を真っ赤にしながら断ると彼は私の耳朶を甘噛みした。

 「一緒に入るよ」
 「入りません!」

 再び断った私を彼は不敵に見ながらクツクツと笑うと、その後どこかのレストランかと見紛うほどの大きなキッチンとダイニングルームを見せてくれた。

 キッチンではどこかのケータリングサービスなのか食事や食材が運び込まれていて、そこのシェフ数人が今晩の夕食の最終仕上げをしている。大きく長いキッチンカウンターには20人で食べきれるのかと思うほどの料理がすでに並べられている。

 藤堂さんの家族もこうして全員集まるのは年に数回に違いない。そんな時に料理をして忙しくするよりも、家族と一緒にソファーに座ってゆっくりと話をしたり、孫と一緒に遊んだりして過ごしたいに違いない。美味しそうな料理を後に、私達は再び皆が集まっているリビングルームへと戻った。


 その夜、私達は大きなダイニングテーブルを囲って皆で夕食をした。家族団欒と言うと私は母と二人だけの食事しか知らない。母は一人っ子だったし、祖父母は私が10歳の時にはすでに他界していて殆ど覚えていない。集まる親戚も誰もいない本当に母と私だけの小さな家族だった。そんな私は藤堂家の大家族に囲まれて一緒に話したり食べたりしながらとても楽しいひと時を過ごす。
< 150 / 201 >

この作品をシェア

pagetop