キミと桜を両手に持つ

 三人で制作部の扉を開けて外に一歩足を踏み出すと、卵の腐ったような異様な匂いがむっと漂ってきて思わず息を止めた。

 「な、何この匂い……」

 花梨ちゃんが顔を顰めながら鼻を覆うと、営業の新田くんが同じように鼻を覆いながら花梨ちゃんの側までやってきた。

 「なんかさ、高橋さん腐った香水使ったらしいんだわ」

 「く、腐った香水!?」

 「普通そう思うだろ?香水って腐るのかって。でもさ、高橋さんが言うには期限切れの香水だったのを知らなくて使ったんだとさ。ったくどんな安い香水使ってるんだよって話。俺マジで幻滅」

 高橋さんのいる総務部の島の方へ視線を向けると、彼女の半径10メートル以内には誰もいなくて、周りでは誰かが必死に消臭スプレーをまいている。彼女から10メートル以上離れた所に座っている人達もそれぞれマスクをしたり手にした書類で空気を扇いだりしている。

 高橋さんから少し離れた所には椎名さんと織部さんがいて3人とも必死にウェットティッシュか何かで髪の毛や服を拭いている。
 
 「もう最悪!今日は合コンに行く予定なのに!!」

 「どうして匂いが取れないの!?もう信じられない!なんでそんな汚い香水なんか持ち歩いてんのよ!」

 「しょうがないでしょ!私だって期限切れてるなんて知らなかったんだから!」

 どうやら高橋さんが香水をシュッと噴霧した際に隣にいた椎名さんと織部さんにも匂いが移ったらしい。三人で何か言い争っているのが見える。

 遠坂くんがチラリと私を見たのに気付いて慌ててゴホンと咳払いした。

 「そ、そろそろ行こうか。遅くなっちゃうし……」

 そう言って片手で鼻と口を覆うと、花梨ちゃんと遠坂くんに合図をしてエレベーターへと向かった。


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