キミと桜を両手に持つ

 「制作部の上野さんの代わりに少しの間ヘルプできないかって言われたんだ。それで急遽来ることになった」

 「えっ、そうなの!?……んー…もう少し早く言ってくれればよかったんだけど……」

 と、詩乃は少し言いにくそうに言葉を濁した。

 「その……実はね、いま会社の友達にあの部屋を貸してて──…」

 「はぁ!?お前また勝手なことして──」

 「如月さんって子、知ってる?制作部の」

 「……もちろん知ってる。前田さんのところだろ。俺が今回行く制作2部の──…」

 「そうなの。実は彼女借りてたアパートが水漏れで水浸しになったらしくて修理の間住むところがないの。だから修理が終わるまでの一ヶ月間、貸してあげることにしたのよ」

 「…………」

 そう言われてしまうとなんとも反論することができない。もちろん彼女がそんな困った状況にいるなら追い出すこともできない。

 それに如月さんならよく知っている。彼女は一樹がアメリカに赴任したすぐ後に入社して来た子で、定例の電話会議でも見たことがあるし、過去に出張でここに来た時にも何回か会ったことがある。

 透き通るような白い肌に黒に近いダークブラウンの長い髪が印象的な可愛いというよりは知的な感じのする清楚な美人だ。

 仕事ぶりも真面目で飲み込みも早い。それに本社との電話会議でも物怖じせず綺麗な英語を使ってよくエンジニアに技術的な質問をしてくる。

 人と話をする時にはあの大きな瞳でいつもまっすぐに目を見つめてきて、会話の内容やその人をよく理解しようと集中しているのがよくわかる。

 派手ではなくおとなしい。でも自分の意見や価値観をしっかり持っていて人に流されることもなくいつも凛としている、そんな女性だ。
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