キミと桜を両手に持つ
今まで想像していた彼と全く違っていて、そのギャップが大きいからなのか調子が狂ってしまう。それになんと言っても先程から彼の低くて心地よい声音が体の奥に響いてなんだか変な気分になる。
「もう、揶揄わないでください」
なんとか邪念を追い払ってそう言うと彼は声を上げて笑い出した。
「ごめんごめん。想像していた如月さんと違ってちょっと驚いただけ」
藤堂さんは私を見ながら未だクスクス笑っている。そんな彼に私は先程からドキドキとしっぱなしだ。
和真と二年も付き合って同棲までしてたので男性に免疫がないわけじゃない。でも彼は和真とは、というよりも普通の男性とはオーラというか雰囲気が全く違う。声もだけど仕草とかマナーが大人の男としての艶やかさというか色っぽさがあってどうしても側にいるとそれを意識してしまう。
わたし、失恋したばっかなんだよ。こんなハイスペックでモデルみたいなかっこいい人に惹かれてどうするの?きっと彼には掃いて捨てるほど綺麗な女の人が周りに沢山いるんだから……
自分にそう言い聞かせながら食器を食洗機に入れているとテーブルを片付け終わった藤堂さんが私の目の前に立った。
「それじゃ、今日はこれで寝るよ。如月さん、明日からよろしく」
彼は私に右手を差し出した。大柄な彼の体に相応しいとても大きな手──…
私も同じように右手を差し出すとその大きな手が優しく、でもしっかりと私の手を包み込んだ。その手はまるで彼の人柄を表すように大きくて優しくて春のようにあたたかい。ふと顔を上げると微笑んでいる彼と目が合った。
今まで全く縁のなかった職場の上司。そんな彼と今日から同じ屋根の下で暮らすことになる。短い間だけどお互い楽しく過ごせることを願って私は笑顔で彼と握手を交わした。
「はい。こちらこそどうぞよろしくお願いします」