キミと桜を両手に持つ
「さぁ?まだやってるんじゃないか?俺は7時半過ぎに出たから知らない」
藤堂さんはカタカタとキーボードをたたきながら私に言った。7時半過ぎと言えば私がここに戻ってきてから間も無くだ。
「ど、どうして……?」
「凛桜がいないと意味がないと言っただろう?」
彼は顔を上げると立ち上がってデスクをまわり私の目の前に立った。
「……どうした?」
彼の手が私の顔を包み込み、親指で目の下を拭った。それで初めて自分が泣いているのに気づいた。
自分でもどうして泣いているのかわからない。
もしかすると彼が歓迎会ではなく今ここにいるからかもしれない。もしかすると私がここで独りぼっちでいるのを見つけてくれたからかもしれない。もしくは彼のこの優しさは私に特別に向けられているものではないと分かったからかもしれない。
ただ呆然と立っていると、藤堂さんは眉を顰めて私を覗き込んだ。
「どうしたんだ?……凛桜?」
いつもと同じ優しくてそして少し心配するような眼差し……。
彼に心配をかけたくなくて慌てて涙を拭くとニコリと笑った。
「な、なんでもないです。ちょっと疲れて眠ってたら怖い夢を見てしまって」
へへっと笑う私を藤堂さんはじっと見つめると再びデスクに戻りパタンとノートパソコンを閉じた。そして荷物をまとめると私に右手を差し出した。
「……凛桜、おいで」
彼の優しい低い声がオフィスに静かに響く。なんだろうと思って促されるまま彼の手を取った。
「一緒に家に帰ろう」
彼の大きくて温かい手が私の冷え切った手を包み込む。再び泣きそうになって慌てて俯いた。
彼は力強く私の手を握ると手を引いて歩き出した。この優しさに甘えてはいけないとわかっているけど、でも泣きそうな程嬉しくて、彼に手を引かれながら私達の家へと帰った。