成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
「ごめん。もう、時間だから……」
しばらくして真理子はそう言うと、鞄を引っ張り出し、席を立とうとする。
すると急に、卓也が真理子の手を強引にぐっと引いた。
「え?」
真理子はよろけて、卓也の胸に手をつく。
抱きしめられるような態勢になり、目の前に迫る卓也の顔に、真理子は頬を真っ赤にさせた。
フロアの奥とはいえ、他の社員からも見える位置だ。
「ちょっと……離して」
真理子は、慌てて掴まれた手を振りほどこうとするが、力が強くて逆らえない。
卓也はさらに顔を近づけた。
「真理子さんを、行かせたくないって言ったら、どうします?」
いつになく真剣な目で、卓也が顔を覗き込んでいる。
「もう、冗談やめて!」
真理子はそう叫ぶと、力いっぱい卓也の胸をぐっと押し、無理やり手を振りほどいた。
「……お疲れさま」
真理子は慌てて鞄を掴むと、フロアを駆けだした。
横切る瞬間、ふと目線の端に映ったのは、卓也の悲しげな瞳だった。
◆
一人残された卓也は、デスクの上で小さく拳を握りしめる。
「成瀬課長も社長も……なんで、真理子さんなんだよ。……誰にも気がついて欲しくなかったのに。あの人の事、誰にも見せたくなかったのに」
卓也はそうつぶやくと、真理子のデスクに置いてある王冠を、じっと見つめた。
◆
「もう、卓也くんってば、何なのよ……」
マンションに向かう歩道を歩きながら、真理子はまだ痛みの残る右手にそっと触れる。
今まで卓也にはずっと、からかわれているだけだと思っていた。
それなのに、真理子を『行かせたくない』と言った時の卓也の瞳は、余裕がない程に真剣だった。
「卓也くんの手、柊馬さんと全然違った……」
真理子は、今までに何度も強引に触れられた、成瀬の大きな手を思い出す。
卓也に抱きしめられて改めて気がついた。
「やっぱり……私は柊馬さんがいいんだ……」
真理子は、はやる気持ちを抑えつけるように、マンションのインターホンを鳴らした。
「まりこちゃん!」
乃菜がいつもと変わらない元気な声を出し、笑顔でドアを開けてくれる。
――社長と同じ笑顔。
真理子はほっとした気持ちで膝に手を当てると、「こんばんは」と身体をかがめた。
「やっぱり来たか」
すると、乃菜の後ろから低い声が聞こえ、真理子はドキッと顔を上げる。
成瀬は腕まくりをしたエプロン姿で、キッチンの奥から現れた。
「今日は必要ないって言われてたんですけど、なんだか落ち着かなくって」
真理子は妙にドキドキする心臓のまま、乃菜と手をつないでリビングへと入った。
一歩部屋へ入った途端、溶けたチーズの香ばしい香りが鼻をつく。
真理子はカウンターの奥のキッチンをそっと覗き込んだ。
「もうすぐ焼きあがるとこなんだ」
成瀬はキッチンに戻ると、手早く棚からお皿を取り出す。
もう何度も見ているこの光景を見つめながら、真理子はやはり成瀬と一緒に家政婦を続けたい、と思っていることを改めて実感していた。
しばらくして真理子はそう言うと、鞄を引っ張り出し、席を立とうとする。
すると急に、卓也が真理子の手を強引にぐっと引いた。
「え?」
真理子はよろけて、卓也の胸に手をつく。
抱きしめられるような態勢になり、目の前に迫る卓也の顔に、真理子は頬を真っ赤にさせた。
フロアの奥とはいえ、他の社員からも見える位置だ。
「ちょっと……離して」
真理子は、慌てて掴まれた手を振りほどこうとするが、力が強くて逆らえない。
卓也はさらに顔を近づけた。
「真理子さんを、行かせたくないって言ったら、どうします?」
いつになく真剣な目で、卓也が顔を覗き込んでいる。
「もう、冗談やめて!」
真理子はそう叫ぶと、力いっぱい卓也の胸をぐっと押し、無理やり手を振りほどいた。
「……お疲れさま」
真理子は慌てて鞄を掴むと、フロアを駆けだした。
横切る瞬間、ふと目線の端に映ったのは、卓也の悲しげな瞳だった。
◆
一人残された卓也は、デスクの上で小さく拳を握りしめる。
「成瀬課長も社長も……なんで、真理子さんなんだよ。……誰にも気がついて欲しくなかったのに。あの人の事、誰にも見せたくなかったのに」
卓也はそうつぶやくと、真理子のデスクに置いてある王冠を、じっと見つめた。
◆
「もう、卓也くんってば、何なのよ……」
マンションに向かう歩道を歩きながら、真理子はまだ痛みの残る右手にそっと触れる。
今まで卓也にはずっと、からかわれているだけだと思っていた。
それなのに、真理子を『行かせたくない』と言った時の卓也の瞳は、余裕がない程に真剣だった。
「卓也くんの手、柊馬さんと全然違った……」
真理子は、今までに何度も強引に触れられた、成瀬の大きな手を思い出す。
卓也に抱きしめられて改めて気がついた。
「やっぱり……私は柊馬さんがいいんだ……」
真理子は、はやる気持ちを抑えつけるように、マンションのインターホンを鳴らした。
「まりこちゃん!」
乃菜がいつもと変わらない元気な声を出し、笑顔でドアを開けてくれる。
――社長と同じ笑顔。
真理子はほっとした気持ちで膝に手を当てると、「こんばんは」と身体をかがめた。
「やっぱり来たか」
すると、乃菜の後ろから低い声が聞こえ、真理子はドキッと顔を上げる。
成瀬は腕まくりをしたエプロン姿で、キッチンの奥から現れた。
「今日は必要ないって言われてたんですけど、なんだか落ち着かなくって」
真理子は妙にドキドキする心臓のまま、乃菜と手をつないでリビングへと入った。
一歩部屋へ入った途端、溶けたチーズの香ばしい香りが鼻をつく。
真理子はカウンターの奥のキッチンをそっと覗き込んだ。
「もうすぐ焼きあがるとこなんだ」
成瀬はキッチンに戻ると、手早く棚からお皿を取り出す。
もう何度も見ているこの光景を見つめながら、真理子はやはり成瀬と一緒に家政婦を続けたい、と思っていることを改めて実感していた。