成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
真理子は乃菜の様子にほほ笑んだ後、ゆっくりと目線を戻した。
そして、成瀬の表情にはっと小さく息をのむ。
「柊馬さん……?」
成瀬は乃菜に顔を向けたまま、何かを考えるようにぼんやりとしている。
その瞳を見た瞬間、真理子の心の中がざわざわと波打ちだす。
成瀬の瞳はあの夜のように、何とも言えず憂いを含んでいた。
「そう言えば、前にも似たようなことを言われたな……」
「え……?」
「……佳菜に」
成瀬が静かに口にした知らない女性の名前に、真理子の胸はズキンズキンと痛み出す。
「……佳菜さんって? もしかして、乃菜ちゃんの……?」
真理子は、震えるように小さな声を出した。
成瀬は優しい顔でうなずくと、小さく口元を引き上げる。
「乃菜の母親の佳菜は、明彦と俺の幼馴染だったんだ」
成瀬が愛しそうに呼ぶ女性の名前に、真理子は胸をぎゅっと掴まれたように息苦しくなった。
「幼馴染……」
成瀬の口ぶりだけでその親しさや、心の奥深くに根付く想いが伝わってくるようで、真理子は思わず下を向いた。
「その……佳菜さんは、今どこに……?」
息苦しくなる自分の胸をぎゅっと掴みながら声を出す真理子の耳に、成瀬の深く静かな息づかいが聞こえた。
「もういないんだ」
「え……」
「乃菜を生んですぐに、亡くなったんだ」
「そんな……」
真理子は思わず顔を上げて、乃菜の方を振り返る。
乃菜が父親と二人暮らしという話は、以前から聞いていた。
でもまさか母親が、乃菜を生んですぐに亡くなっていたなんて、想像もしていなかった。
乃菜はそんな真理子の様子に気がついたのか、こちらを向くと笑顔で手を振っている。
そしてまたテーブルに向き直ると、広げたスケッチブックに夢中で絵を描きだした。
「佳菜は子供の頃から身体が弱くて、学校も休みがちだったんだ。だから自然と俺たちは、佳菜の側にいるようになってた。佳菜はずっと明彦の事が好きでさ。でも明彦は社交的で明るい性格だから、クラスでも人気があったし、いつも女の子に囲まれてて。あいつ、それ見てよく泣いてたな」
成瀬は昔を懐かしむように、窓の方に目をやると真っ暗な夜空をぼんやりと見つめる。
「二人が付き合いだしたのは、大学生になった頃で。やっと落ち着いたかと、ほっとしたのを覚えてるよ」
真理子は、成瀬が穏やかに話す声を、うつむいてじっと聞いていた。
「卒業して、そのまま明彦と俺はサワイに入社した。当初先代は、明彦に会社を継がせようと思ってたんだろう。身体の弱い佳菜と付き合うことを反対するようになって、明彦に別れるよう迫っていた。そんな時、佳菜の妊娠がわかったんだ」
「え……」
真理子は思わず顔を上げる。
「佳菜は、明彦の将来を考えて、明彦には内緒で一人で産むって言った。でも、身体の弱い自分が一人で育てきれるんだろうかって。不安に押しつぶされそうな顔で、震えてたよ」
そして、成瀬の表情にはっと小さく息をのむ。
「柊馬さん……?」
成瀬は乃菜に顔を向けたまま、何かを考えるようにぼんやりとしている。
その瞳を見た瞬間、真理子の心の中がざわざわと波打ちだす。
成瀬の瞳はあの夜のように、何とも言えず憂いを含んでいた。
「そう言えば、前にも似たようなことを言われたな……」
「え……?」
「……佳菜に」
成瀬が静かに口にした知らない女性の名前に、真理子の胸はズキンズキンと痛み出す。
「……佳菜さんって? もしかして、乃菜ちゃんの……?」
真理子は、震えるように小さな声を出した。
成瀬は優しい顔でうなずくと、小さく口元を引き上げる。
「乃菜の母親の佳菜は、明彦と俺の幼馴染だったんだ」
成瀬が愛しそうに呼ぶ女性の名前に、真理子は胸をぎゅっと掴まれたように息苦しくなった。
「幼馴染……」
成瀬の口ぶりだけでその親しさや、心の奥深くに根付く想いが伝わってくるようで、真理子は思わず下を向いた。
「その……佳菜さんは、今どこに……?」
息苦しくなる自分の胸をぎゅっと掴みながら声を出す真理子の耳に、成瀬の深く静かな息づかいが聞こえた。
「もういないんだ」
「え……」
「乃菜を生んですぐに、亡くなったんだ」
「そんな……」
真理子は思わず顔を上げて、乃菜の方を振り返る。
乃菜が父親と二人暮らしという話は、以前から聞いていた。
でもまさか母親が、乃菜を生んですぐに亡くなっていたなんて、想像もしていなかった。
乃菜はそんな真理子の様子に気がついたのか、こちらを向くと笑顔で手を振っている。
そしてまたテーブルに向き直ると、広げたスケッチブックに夢中で絵を描きだした。
「佳菜は子供の頃から身体が弱くて、学校も休みがちだったんだ。だから自然と俺たちは、佳菜の側にいるようになってた。佳菜はずっと明彦の事が好きでさ。でも明彦は社交的で明るい性格だから、クラスでも人気があったし、いつも女の子に囲まれてて。あいつ、それ見てよく泣いてたな」
成瀬は昔を懐かしむように、窓の方に目をやると真っ暗な夜空をぼんやりと見つめる。
「二人が付き合いだしたのは、大学生になった頃で。やっと落ち着いたかと、ほっとしたのを覚えてるよ」
真理子は、成瀬が穏やかに話す声を、うつむいてじっと聞いていた。
「卒業して、そのまま明彦と俺はサワイに入社した。当初先代は、明彦に会社を継がせようと思ってたんだろう。身体の弱い佳菜と付き合うことを反対するようになって、明彦に別れるよう迫っていた。そんな時、佳菜の妊娠がわかったんだ」
「え……」
真理子は思わず顔を上げる。
「佳菜は、明彦の将来を考えて、明彦には内緒で一人で産むって言った。でも、身体の弱い自分が一人で育てきれるんだろうかって。不安に押しつぶされそうな顔で、震えてたよ」