成瀬課長はヒミツにしたい【改稿版】
 成瀬は窓から目を離すと、まっすぐ真理子に顔を向けた。

「だから言ったんだ。何かあれば、お前と明彦の子供は、俺が全力で守ってやるって。だから何も心配せずに、明彦に真実を話してぶつかって来いって」

 ――あぁ、それが“昔の約束”なんだ。柊馬さんはきっと、赤ちゃんだけじゃなく、佳菜さんの事も全力で守るって、言いたかったんだ。

 真理子は、あまりに深い成瀬の想いを知り、打ちひしがれる思いだった。

「そして明彦は、すべてを捨てて佳菜と生まれてくる子供を選んだ」
「……だから、社長は家を出たんですか?」

 成瀬は優しくほほ笑む。

「佳菜はよく泣いてたけど、あの時期が一番幸せそうだったな。でも……過度の心労と出産は、佳菜の身体には負担が大きすぎたんだ……」

 額に手を当ててうつむく成瀬に、真理子は何と声を掛けたらいいのかわからなかった。

「佳菜さん、見たかったでしょうね……。乃菜ちゃんの笑顔」

 しばらくして、真理子は小さく口を開く。

「そうだな……」

 成瀬は顔を上げると、乃菜を愛おしそうに見つめた。

「佳菜もよく、あんな風に笑ったよ」

 成瀬の言葉に、真理子の心の中で何かが崩れ落ちるような音がする。
 真理子は冷たくなったカップを、両手でぎゅっと握りしめた。

 ――あぁ、そうか。私が社長にそっくりだと思った乃菜ちゃんの笑顔に、柊馬さんは佳菜さんを重ねてるんだ。

 真理子はじんわりとぼやけてくる視界のまま、冷めたコーヒーが揺れるのをじっと見つめる。
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