猫は、その恋に奇跡を全振りしたい
「だから、冬華の願いを叶えたいんだ」
「渚くん……」

わたしはでも、と怖気つきそうになる心を叱咤する。
いつかとためらっているうちに、世界は進んでしまう。
わたしの知らないうちに、別の道に迷い込んでしまうかもしれない。
だったら、目の前にある未来に一か八か、飛び込んでみるしかない。

「渚くん、ありがとう。わたし、明日、みんなに相談してみる」
「俺も、力になるよ。冬華なら、どんなことでもできるから」

渚くんはそう言って、わたしを優しく抱きしめてくれた。
渚くんといれば、心が震える。
いつだって特別な時間をくれる人が、今も隣にいてくれている。
わたしたち、ちゃんと同じ世界にいるんだ。
そばにいてくれるって、すごく伝わってきて、景色が違って見えた。
やがて、夕暮れが、わたしたちを優しく包んでいく。
この夢の夜は冷えるのだろうか。
もし、そうだったとしても、二人で寄り添い合えば、温かいはずだ。
そう、信じて――。

「渚くん、ありがとう。わたし、夢に向かってがんばるよ。今度こそ、まっすぐに……えっ?」

ひょいっとわたしの前を横切ったのは、見覚えのある猫だった。

「また、お邪魔してるにゃ」

たまに夢の中に出てくる猫。
その猫が二本の足で立って歩いていて……しかも、おしゃべりもする……。
わたしは目をぱちくりさせた。

「君たちは瑠璃色の願いをゆるりと羽ばたかせ、心地良く現実を楽しんでいるようだにゃ」

この猫は、と予感がささやく。
それを裏付けるかのように、猫がにゃおとひと鳴きする。

「名残惜しいが、夕暮れ時の夢のおはなしは、ここで幕を引くことにするにゃ。新たな夢魂を探して、また別の場所へ行くにゃ」
「夢魂……夢魂の力……」

夕暮れの光に導かれるまま、わたしは心に浮かんだフレーズをつぶやいた。
猫は気持ちの赴くまま、毛並みを風になびかせて続ける。

「――今までの夢が、長く、永く、幸せな思い出として、君たちの心に残ることを願っているにゃ」
「えっ? ちょっと待って!」

想いが声となって飛び出した。
だけど、猫はそのまま、すまし顔で歩いていく。

――手を伸ばしたけど、夢は……そこで不自然に途切れた。
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