猫は、その恋に奇跡を全振りしたい
「麻人、桐谷、ごめん。嫌な態度ばかり取ってしまって、ほんとにごめんな」
「克也……」

苦しそうにつぶやく渚くんの声に、鹿下くんは辛そうにぎゅっと拳を握りしめた。

「なんかもう、麻人がこのまま、最後まで安東渚として生きていくのかと思ったら、口に出てて……」

そのことに後ろめたさを感じたように、鹿下くんは気まずそうにわたしたちから目を逸らす。

「おまえたちが幸せになろうとしているのに、それを喜べない。傷つけてでも、止めたくて……。自分の気持ちばっかり考えて、おまえたちの気持ちを完全に見失っていた……」

鹿下くんの悔やむ気持ちが伝わってくるように、肌に張りつく罪悪感がわたしの心を穿つ。
ただ、そこには後悔だけが横たわっていた。

「そんな自分の思考に嫌気が差した。本当にごめんな」

鹿下くんはそう告げると、やがて、何かを決めた顔をする。
その決意が、鹿下くんを駆り立て突き動かした。

「頼む。二人とも、ちょっと来てくれ」
「えっ? ちょっと!」

わたしたちの腕を思いっきり引っ張って、鹿下くんはずんずん歩いていく。
人気のない神社の裏手まで行くと、鹿下くんは真剣な眼差しでわたしと向き合った。

「……桐谷。主治医の先生から口止めされていたことだけど、おまえには真実を伝えておく。月果て病の奇跡、クロム憑きの真実を」
「クロム憑きの真実……」

何故だか、その時、胸がざわざわした。
鹿下くんが何か重大なことを告げようとしている。
何か……それまでの毎日をぜんぶ、変えてしまう『何か』。
そのことを知りたいと思う自分と、知ってはいけないと思う自分がいる。
心が二つに割れてしまいそうで、引き裂かれそうで苦しくなった。

「クロム憑きが、どうして『魂転移』だと呼ばれているのか知っているか」

鹿下くんはそう前置きして、とつとつと話し始める。

「その理由は……月果て病で亡くなった人の魂が、クロム憑きになった人の魂を侵食するからだ」

『侵食』といった状況が、どういうものか、想像もつかない。
だけど、少なくとも、魂に影響を与えることだと思う。
何だか、嫌な予感がした。

「俺が、安東の未練を晴らすことにこだわる理由。それは……元に戻りたかったからだ」
「えっ……?」

予想外な答えに、わたしはぽかんとする。
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