猫は、その恋に奇跡を全振りしたい


物語や人生において、事件は突然、やってくるけど。
わたしの場合は、朝のホームルームの時に訪れた。

「新しいクラスメイトを紹介するけど、みんな、落ち着いて聞いてね」

担任の天橋先生が含みのある言い方をして、ゆっくりと教室内を見渡した。
先生の意味深な言葉に、クラス中がざわざわし始める。

「入ってきて」

先生が深刻な面持ちでそう言うと、教室のドアが開いて一人の生徒が入ってきた。
ふわっとした黒髪の整った顔立ちの男の子。
惹き付けられるような澄んだ瞳で、柔らかな雰囲気を纏っている。
彼が入ってきた瞬間、クラス全員が息をのんだ。

――だって、もういないはずの人がいたから。

わたしは息が止まるかと思った。

「家庭の都合で、隣町から引っ越してきた安東渚です。よろしくお願いします」
「えっ……?」

その自己紹介に、わたしは思わず、自分の目を疑った。
信じられない現実が今、目の前で起こっている。
みんなも、彼を見て唖然としていた。
顔も同じ、名前も同じ。
目の前に現れた彼は、亡くなったはずの渚くんそのものだった。

「……ど、どういうこと?」

わたしは動揺を抑えられず、声が震えた。
とても信じられないことだった。
一ヶ月前、渚くんは確かに月果て病で亡くなった。
その死が、世界の嘘であるはずがない。
でも、わたしの目の前には死んだはずの渚くんがいる。
あり得ないことだった。

もしかして、幽霊……?

窓から射し込む陽の光を浴びてはにかむ彼の足元からは、影が伸びている。
少なくとも幽霊じゃないようだ。
わたしは改めて、目の前の男の子を凝視した。
心臓が早鐘を打つ。
軽くめまいもした。

……渚くん。
……渚くんなの?
それとも、他人の空似?
あるいは……。

わたしはもう、夢が現実になる病に侵されているのかも……。

(そういえば……)

そこである事に思い当たる。
夢の男の子は、今日になれば、自分が誰なのか分かるって言った。

……もしかして、彼はあの夢に出てくる男の子?
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