猫は、その恋に奇跡を全振りしたい

「一ヶ月前、安東渚くんは亡くなりました」

突然の事態にクラス中が動揺する中、天橋先生が改めてあの日の言葉を反芻した。

「ただ、月果て病には、ごく稀に奇跡が起こることがあります」

天橋先生は真剣な面持ちで、わたしたちに訴える。

「未練を断ち切れない者や心残りがある者には、ロスタイムが与えられることがあるの」
「ロスタイム……」

まさかの展開に、わたしは狼狽した。

「『クロム憑き』。魂転移と言われるものです。別の誰かに、自分の姿と魂を共有させて、未練や心残りを肩代わりしてもらうという奇跡になります」

天橋先生は一呼吸置くと、核心に迫る事情を話し始めた。

「彼の本当の名前は、今井(いまい)麻人(あさと)くん。今回、安東渚くんのクロム憑きになったことで、彼の未練を晴らすために、このクラスに転校してきました」

青天の霹靂の出来事に、教室がざわりとなる。

「渚くんの未練を……」

わたしはもちろん、平静を失って狼狽えた。

「じゃあ、そこの席について」

天橋先生がそう言うと、彼は空いている席に座る。

――渚くんの席。

こんなの、思い出さない方が無理だ。
どうしても、彼の中に渚くんを見てしまう。

神様の導きとしか思えない。

終わってしまったはずの恋が再び、動き出そうとしていた。

月果て病の患者には、ごく稀に奇跡が起こることがある。
クロム憑き。
これは、わたしたちと渚くんに与えられたロスタイムという奇跡だった。
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