指輪
「お茶でも」
「時間は?」
「少しなら」
「どのくらい?」

「30分くらい」
「寒くなるね」
「ちょっとくらい」
「きみは、
何か言いたいことがあるの?」
(そばにいたい)
(そばにいたい)

「そばにいて……」

風にかき消されそうな声が、
無糖のカフェラテの味を持って、喉から搾り出された。
遺言のように。

ふたりして迷いこんだホテルの部屋で、初めて交わしたキスは、苦くて甘い味がした。
大人になった。時が過ぎた。時が過ぎたのに、思い出は色あせるのに、
どうしてまた新しく塗りなおすような真似をするの。
そっと、左手の薬指の指輪をはずして。

大人になった。時が過ぎた。わたしは老いた。
でも、
(濡れる)
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