火の中の救世主

７.新たな始まり

病院の集中治療室（ICU）には、機械音だけが規則正しく響いていた。
美咲はベッドに横たわり、酸素マスクをつけられたまま眠っている。
彼女の周囲にはモニターや点滴ポンプが並び、生命維持装置がその命を支えていた。

悠真は美咲の手を握りながら、じっと彼女の顔を見つめていた。3週間前の火災現場での出来事が、何度も頭をよぎる。

「美咲……」

彼は小さく呟いた。
彼女の手は冷たく、その温もりが戻る気配はまだない。それでも悠真は諦めなかった。

「お前は強いんだ。だから絶対に戻ってくる……」

颯斗から告げられた言葉が、悠真の胸に重く響いていた。

「美咲ちゃんは一命を取り留めたけど、まだ予断を許さない状態だ。気道熱傷と心肺停止による脳と肺へのダメージがどれだけ残るか……正直分からない」

それでも悠真は信じていた。

その日も悠真は病室で美咲の手を握りながら過ごしていた。時計の針が夜中を指し示す頃、突然モニターから警告音が鳴り響いた。

「心拍停止確認！」

看護師たちが駆け寄り、医師もすぐに処置を始める。
悠真はその場で立ち尽くした。耳には医師たちの声だけが響いている。　

「胸骨圧迫開始！AED準備！」
「酸素投与量を上げて！」

医師たちは迅速かつ冷静に動いていた。
しかし悠真には、その光景がスローモーションのように見えた。
目の前で繰り返される蘇生処置。
それでも、美咲の心拍は戻らない。

「お願いだ……戻ってきてくれ……！」

悠真は震える声で呟きながら、美咲の手を握りしめた。その手は冷たく、彼女との距離がどんどん遠ざかっていくような感覚に襲われる。

「ショック行きます！」　

AEDによる電気ショックが行われる。

しかし――

「反応なし！」　

看護師から報告される言葉に、その場の空気が一瞬凍りついた。

「まだだ……続けろ！」

医師は再び胸骨圧迫を続ける。
そのリズムは一定で力強いものだった。

「脳への血流を絶やすな！」

悠真はその様子を見守りながら、ただ祈った。
「お願いだから、生きてくれ……！」

数分間続けられる蘇生処置。
その間にも時間との戦いが続いている。　　

「これ以上心肺停止状態が続けば脳へのダメージも大きい」と医師は言った。

しかし突然――


「脈拍確認！」

看護師から響いたその言葉。
それを聞いた瞬間、医師たちは安堵の表情を浮かべた。そして美咲の胸部が小さく上下し始めたことを確認し、「よし、生きてる……」と呟いた。


しかし、医師はすぐさま冷静さを取り戻し、悠真に向かって言った。

「脈拍と呼吸は戻りました。でも、まだ予断を許さない状態です」

その言葉に悠真は深く頷きながら、美咲の手を再び握った。

「大丈夫だよ、美咲。俺がずっとここにいるからな」

彼女の顔にはまだ生気が戻っていない。
それでも悠真は信じ続けた。

「お前なら乗り越えられる……絶対に」