火の中の救世主

3.火事の2人の恋

ストーカー事件から数週間が経ち、美咲は再び穏やかな日常を取り戻していた。

涼太や悠真のおかげで安心感を得たものの、心のどこかでは「迷惑をかけてしまった」という思いが残っていた。

その日も、美咲は大学の講義を終え、アルバイト先のカフェへ向かっていた。

春から夏へと移り変わる季節。
夕方になると空気が少し湿り気を帯び始めている。

「いらっしゃいませ！」

いつものように笑顔で接客する美咲。
常連客との何気ない会話や、忙しい時間帯の注文対応。そんな日常が彼女にとっては心地よかった。

しかし、その日はいつもとは違う出来事が待ち受けていた。




アルバイトを終えた美咲は、いつもの帰宅ルートを歩いていた。
夜風が少し冷たく感じられる中、遠くから煙の匂いが漂ってきた。

「……何だろう？」

美咲は立ち止まり、煙の方向を見る。
すると、数百メートル先のアパートから黒煙が立ち上っていることに気づいた。

「火事……？」

その瞬間、美咲は足を止めるべきだと頭では分かっていた。
しかし、アパートの前で泣き叫ぶ子供の声が耳に飛び込んできた。

「お母さん！お母さん！」

幼い男の子が建物の外で泣きながら叫んでいる。
その姿を見た瞬間、美咲は体が勝手に動いていた。

「大丈夫、大丈夫だからね！」

美咲は子供に駆け寄り、しゃがみ込む。

「お母さんは中にいるの？」と尋ねると、男の子は泣きながら頷いた。

「私が助けるから！ここで待ってて！」

そう言い残し、美咲は煙が立ち込めるアパートへと足を踏み入れた。
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