魔術罠師と猛犬娘/~と犬魔法ete
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 ハンストでほとんど丸一日が経過している。徐々に喉が渇いてくるのが地味に辛い。エネルギーや水分の効率は、獣の姿ならアップしてるはずだが、やっぱり不安と緊張も影響しているのだろうか?
 昨日に不意の遭遇で魔族寄り山賊グループに捕獲される直前に仕留めた鹿は、功労者のはずのあーしはまだ一口も食べていない。あの美味しそうな獲物は、弟や非難キャンプの仲間たちの食料であーしらの晩餐になるはずだったのに、こんな奴らに食い散らされたのは無念極まりない。
 せめてもの救いは、その一部が他の囚われの女たちの口に入って、せめて彼女らの空腹だけでも和らげてやれたことか(ただでさえ誘拐されて慰みものにされるだけで悲惨すぎるのだから)。もし自分が脱出したり救出されるチャンスがあるならば、あの哀れな女たちも助けてやりたい。だが、はかない望みはおぼつかないのだし、たとえ助けたところで彼女たちに行く当てがあるか(村ごと滅ぼされて帰る場所がないかもしれないし、サバイバル狩人生活できたり自分の身を守る能力もないだろうから)。
 じきに日が沈むけれど、人間の山賊の他に低級な魔族雑種エルフやらゴブリンどもは、むしろ夜こそが人間の昼みたいなもの。警戒が緩むとは考えにくいし、まずこの忌々しい鉄格子をどうにかしなければ逃げようもない。

(うーん、いよいよどーにもならないかー?)

 あの女たちにコミュニケーションして共謀して脱出できれば最善だけれど、あまりこちらに来ようとしない。しかも仮に事情を知らせて打ち明けても、信用できるかも怪しいものだ(追い詰められた女囚から自分が素性をバラされて売られる恐れすらある)。うまく檻から出してもらったところであの女たちを連れて一緒に逃げるのは無理。
 それに、今のところ(狼や野犬のふりで)ごまかしているが、いつに正体が獣エルフの娘だと確信されるかわかったものではない(四足獣タイプの変身は自然動物とそっくりで見分けられにくい)。とっくに怪しまれている。

(やっぱり犬の振りしてやり過ごして、どこかで売りとばされて隙ができるのを待つしかないかな?)

 売りとばして金になる可能性があるなら、はたしてこのまま餓死させられるだろうか、という儚い希望。つまり魔族やら人間の腐った金持ちやらで、野生狼をペットに欲しがる者もいる。ただし、殺して毛皮にされるリスクもあったし、最悪なのは犬を食べる連中もいるから安全とは言い難い(あいつらにはその方が手っ取り早い)。
 そろそろ夕闇が迫りだし、空のはてのオレンジが薄れ、ダークブルーが大気を染めだした頃。

(ん?)

 あーしは何かを感じ取って、ついつい三角耳をそばだててしまう。我知らず鼻がひくついた。異変の気配を第六感が囁いている。
 この山賊キャンプで誰か見知らぬ人影が近くに歩いて来ていたとしても、そのこと自体には不思議はないだろう。けれども何か違和感がある。少し離れた闇の動きを動体視力盛んな眼差しで捉えて、それが見知らぬ誰か、外部から新たに来た人間なのだと気づく。
 獣の姿では平素より感覚が鋭くなる。五感からの直感が頭の中で組み立てられて、意味をなして「ああ」と心に呟く。無意識のうちに、キャンプ内での足音をできるだけ数えていて、覚え込んだ特徴と調子が違っていた。それに風で流れてきた臭い。この香りはたぶんハーブのお茶を飲んだのだろうけれど、このキャンプの連中は飲まない銘柄のように思う(あいつらは酒ばかりだ)。
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