魔術罠師と猛犬娘/~と犬魔法ete
3
その姿を目に留めて、はっとなる。
まず隠密の魔術で気配を消している。感覚の鋭い獣エルフのルパでなかったら、まず気がつかないだろう。それですら接近を察知するのに数十秒くらいかかっているから、不意打ちするには十分な性能だ。
そして、特筆すべきはその格好。
トラバサミの罠のような、禍々しい鉄仮面をつけている。
武装しているから戦闘力があるのだろうし、わざわざこんな盗賊の巣窟に一人で紛れ込んでくるのも、腕に覚えがあるとしか思えない。もしここの悪党どもの仲間であれば隠密の魔術など使う必要は薄いだろうから。片手に抜剣していることからも殺意と戦意が感じられる。
(泥棒でもしにきた勇敢さん?)
山賊キャンプに泥棒するというのはなかなかいい度胸だ。それとも討伐でもしにきて、他にパーティーの仲間でもいるのだろうか。
視線。こちらを見ている?
とっさに吠えて注意を引き、助けを求めようかと思ったが思い止まった。彼が隠密の魔術を使っていることからすれば、騒いでばらすような真似をしても邪魔にしかなるまい。
こちらも眺め、目が合った。
風が吹いて、彼の臭いが強まる。
これは親愛の香り? どうやら恐怖や嫌悪の体臭ではない。距離のある眼差しの気配も、こちらをじっと興味深げに眺めている感じだ。
投げかけられた魔術は「静穏」。どうやら空間領域に展開する魔術が得意なのだろうか。犬が吠えることを警戒してのことだろう。
歩み寄ってくる。すぐ近く、鉄格子の向こう。
すぐ隣の檻に入れられた少年は何も気がついていなくて、昼ごろに与えられた固いパンを齧りながらまどろんでいる。
そのトラバサミの鉄仮面、ギザギザの隙間からの眼差しは、何故か怖くない。敵意を感じなかったから。彼は私の檻にかけられた錠前が、魔力細工で補強されているのを見て取る。そっと手を伸ばして、簡単に外してしまった。
彼は隣の少年の鍵も剣の一振りで壊し外して歩み去る。数秒遅れて少年は気づき、壊れて地面に落ちた錠前に目を丸くしたが、今さっき通り過ぎた来訪者の存在には気づいていないようだった。
4
様子を見計らって、今逃げるべきか迷っていた二分くらい後になって、彼がまた通りかかった。
今度は気絶させた盗賊男を、片手で髪をつかんでひきずっている。そして反対の手には、たぶん食卓から盗んできた水入りピッチャー。あーしの檻の前に置いてそっと扉を少し開ける。ポケットからパンを置き、やや距離のある別檻の少年にももう一個投げる(そちらには水だけはあった)。少年は数秒後に、パンが転げてきていたことに気づいていぶかしげだった。
さっさと歩み去った謎の男。臭いで察するに青年。
もう暗くなった森の方へさっさと消えていく。
(なんだったんだろう、あの人?)
考えている猶予はない。まずはこの空腹を満たしてここからさっさと脱出せねば。
あーしがとりあえず、檻の扉の隙間から見られてないのを見計らって水をがぶ飲み、パンをパクリと頬張ったときに異変が起きた。
「うぐうああああああ!」
遠い悲鳴。
あの青年が歩いていった方角。
おそらく、あの気絶して引きずられていった山賊男の断末魔だ。声の調子からして、あの青年ではないように思う。
「うがあああ、腕が! やめろお、なんでこんな、うぎゃああ!」
切実で恐怖を映した声。
あの仮面の青年が、捕虜を痛めつけているのだろうか?
「あああ! やめろ! こぉ殺さないで!」
どうしたわけか、一息に殺さずに痛めつけて叫ばせているようだった。あーしは理解不能だったが、その意図はじきにわかった。
さすがに気がついた山賊たちが数名で武器を手に取って、次々に悲鳴の方に向かっていく。乱闘の気配と悲鳴が続発する。何故か殺さずに半殺しで好きに叫ばせているようだった。
そうしてさらに後続の大人数が十人以上でものものしく向かって、それから爆発が起きた。魔術でも使ったのだろう(魔術で隠密ができるなら攻撃もできて不思議はない)。
まとめて殺すためにおびき出したらしい。
わらわらと出合った山賊たちとゴブリン。その真ん中に、何かが投げ込まれる。動体視力で見極めたところでは、あの最初の犠牲者の生首だ。次の瞬間に電光が走り、何か魔術で仕掛けて電撃爆弾のようになっていたのだと気づく。
ショックを受けた無法者たちのところへ、加速したあのトラバサミ男が突っ込んでくる。めちゃめちゃに切り倒していき、ものの数十秒で二十人ほどを斬殺してしまう。
「グオオオ!」
ようやく駆けつけてきた大型ゴブリン、いわゆるオーク。だが襲撃者は平然と襲いかかって、横一文字に太った緑色の腹を切り裂く。倒れかかった鬼の顔面の顎を蹴り飛ばし、一撃で頚椎骨折の異音をあたしは聞いた。
その姿を目に留めて、はっとなる。
まず隠密の魔術で気配を消している。感覚の鋭い獣エルフのルパでなかったら、まず気がつかないだろう。それですら接近を察知するのに数十秒くらいかかっているから、不意打ちするには十分な性能だ。
そして、特筆すべきはその格好。
トラバサミの罠のような、禍々しい鉄仮面をつけている。
武装しているから戦闘力があるのだろうし、わざわざこんな盗賊の巣窟に一人で紛れ込んでくるのも、腕に覚えがあるとしか思えない。もしここの悪党どもの仲間であれば隠密の魔術など使う必要は薄いだろうから。片手に抜剣していることからも殺意と戦意が感じられる。
(泥棒でもしにきた勇敢さん?)
山賊キャンプに泥棒するというのはなかなかいい度胸だ。それとも討伐でもしにきて、他にパーティーの仲間でもいるのだろうか。
視線。こちらを見ている?
とっさに吠えて注意を引き、助けを求めようかと思ったが思い止まった。彼が隠密の魔術を使っていることからすれば、騒いでばらすような真似をしても邪魔にしかなるまい。
こちらも眺め、目が合った。
風が吹いて、彼の臭いが強まる。
これは親愛の香り? どうやら恐怖や嫌悪の体臭ではない。距離のある眼差しの気配も、こちらをじっと興味深げに眺めている感じだ。
投げかけられた魔術は「静穏」。どうやら空間領域に展開する魔術が得意なのだろうか。犬が吠えることを警戒してのことだろう。
歩み寄ってくる。すぐ近く、鉄格子の向こう。
すぐ隣の檻に入れられた少年は何も気がついていなくて、昼ごろに与えられた固いパンを齧りながらまどろんでいる。
そのトラバサミの鉄仮面、ギザギザの隙間からの眼差しは、何故か怖くない。敵意を感じなかったから。彼は私の檻にかけられた錠前が、魔力細工で補強されているのを見て取る。そっと手を伸ばして、簡単に外してしまった。
彼は隣の少年の鍵も剣の一振りで壊し外して歩み去る。数秒遅れて少年は気づき、壊れて地面に落ちた錠前に目を丸くしたが、今さっき通り過ぎた来訪者の存在には気づいていないようだった。
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様子を見計らって、今逃げるべきか迷っていた二分くらい後になって、彼がまた通りかかった。
今度は気絶させた盗賊男を、片手で髪をつかんでひきずっている。そして反対の手には、たぶん食卓から盗んできた水入りピッチャー。あーしの檻の前に置いてそっと扉を少し開ける。ポケットからパンを置き、やや距離のある別檻の少年にももう一個投げる(そちらには水だけはあった)。少年は数秒後に、パンが転げてきていたことに気づいていぶかしげだった。
さっさと歩み去った謎の男。臭いで察するに青年。
もう暗くなった森の方へさっさと消えていく。
(なんだったんだろう、あの人?)
考えている猶予はない。まずはこの空腹を満たしてここからさっさと脱出せねば。
あーしがとりあえず、檻の扉の隙間から見られてないのを見計らって水をがぶ飲み、パンをパクリと頬張ったときに異変が起きた。
「うぐうああああああ!」
遠い悲鳴。
あの青年が歩いていった方角。
おそらく、あの気絶して引きずられていった山賊男の断末魔だ。声の調子からして、あの青年ではないように思う。
「うがあああ、腕が! やめろお、なんでこんな、うぎゃああ!」
切実で恐怖を映した声。
あの仮面の青年が、捕虜を痛めつけているのだろうか?
「あああ! やめろ! こぉ殺さないで!」
どうしたわけか、一息に殺さずに痛めつけて叫ばせているようだった。あーしは理解不能だったが、その意図はじきにわかった。
さすがに気がついた山賊たちが数名で武器を手に取って、次々に悲鳴の方に向かっていく。乱闘の気配と悲鳴が続発する。何故か殺さずに半殺しで好きに叫ばせているようだった。
そうしてさらに後続の大人数が十人以上でものものしく向かって、それから爆発が起きた。魔術でも使ったのだろう(魔術で隠密ができるなら攻撃もできて不思議はない)。
まとめて殺すためにおびき出したらしい。
わらわらと出合った山賊たちとゴブリン。その真ん中に、何かが投げ込まれる。動体視力で見極めたところでは、あの最初の犠牲者の生首だ。次の瞬間に電光が走り、何か魔術で仕掛けて電撃爆弾のようになっていたのだと気づく。
ショックを受けた無法者たちのところへ、加速したあのトラバサミ男が突っ込んでくる。めちゃめちゃに切り倒していき、ものの数十秒で二十人ほどを斬殺してしまう。
「グオオオ!」
ようやく駆けつけてきた大型ゴブリン、いわゆるオーク。だが襲撃者は平然と襲いかかって、横一文字に太った緑色の腹を切り裂く。倒れかかった鬼の顔面の顎を蹴り飛ばし、一撃で頚椎骨折の異音をあたしは聞いた。