魔術罠師と猛犬娘/~と犬魔法ete
クラス6強奪作戦
1
夕食後にも思い切りがつかずにどうしようかと色々と考えていた。かといって、弟とトラが仲良く話しているのを聞いていて、それはそれで幸せだから困ったものだ。
悶々としてそのまま夜を過ごそうとしているとき、キョウコさんがトラを呼びに来た。
「クリュエルが呼んでる。作戦会議だってさ」
あたし(ルパ)は呼び止めようとして、キョウコさんとトラの様子から思い止まり口ごもる。重要な事柄で内々に話がしたいらしく、邪魔するわけにはいかないから。
たぶん今夜は、トラにアプローチするのは見合わせるしかないだろう。会議とやらが手短に済んでも、もう眠りの時間になっているはずだったし、夜更かししてもトラは重要なことで頭がいっぱいになっているだろうから。
「遅くなったら先に寝てろ」
「えっ、う、うん」
後ろ姿を見送って、ドアが閉まったときにあたしは小さくため息してしまった。
2
出向いた先は、およそ五百メートルのクリュエルの工房。ちょっとした部屋くらいのL字型の洞窟を作業場にして、鉄板の上で黒曜石や水晶などを魔術の火で炙ったり薬品を使ったりして「魔法石器」に仕上げる場所だ。
彼の魔法石器は独特のオリジナル。言わば「使い捨ての攻撃や防御の魔法道具」で、腐敗した魔術協会と決裂状態にあって援護や協力が得られない軍の戦士団にとってみれば、不足を代用できる軍需物資(近接戦闘ならば熟練した戦士ならば魔術者に対抗できるが、戦士のみでは距離のある撃ち合いなどで不利になるし、探索や呪いへの防護でも同様だった)。戦闘力の乏しい一般人や保安官などに持たせて治安維持や援護射撃に当たらせることもできる。
当然ながら資金源にもなるのだが、魔術と魔術者への独占的な支配と管理で政治的優位を得ている魔術者協会からは快く思われていない。代替手段が増えることで、軍や政治で「自分たちの要求や意向を無視したり逆らうならば我々は協力を拒否するぞ」という交渉がやりづらくなるからだ。
「クリュエル、どうした?」
クリュエルは普段に身につけている毛皮の鎧のままだった。一見は原始人のようにも見えるが、エルフのつくった特製品で、めったに与えられない代物だ。「原人騎士」とは揶揄にも聞こえるが、エルフやドワーフたちにとっては「崇高な始祖のようだ」という最高級の賞賛の称号でもある。
そばにパン籠があるから、おそらくさっきまで夕食のパンを齧りながら魔法石器を作っていたのだろう(彼にとっては考え事をするのにも好都合なのだという)。作業用の鉄板の下の炉では、まだ魔術の火がくすぶり燃えている。
「こんな遅くに呼び出して済まない。さっき連絡が入って、チャンスは逃すべきでないと思った」
「チャンス?」
「そろそろお前もクラス6に昇格しろ。これまでに二十回近く、隠密で掃討戦をやってきた。そろそろ魔術協会にも、お前のことがバレるはずだし、これ以上に隠していても意味がない」
協会の基準では、魔術者は十二階級のクラスにランク分けされている。認定する側の恣意的な判断や評価ではあったけれども、能力や強さの大雑把な目安にはなっている。大多数の魔術者たちは実力的にクラス8が関の山だし、今現在の時代情勢と世相では政治的理由で特定の派閥や党派でなければ(運営上位の役職就任に関わる)クラス5以上は与えられない。
つまりクラス6はクリュエルやトラのような、協会から快く思われていない魔術者にとっては、最高ランク評価ということ。それを獲得するメリットは社会的なステータスだけに留まらず、協会との駆け引きでも有利になるだろう。
最大の利点は「クラス5以上への決闘の挑戦が格段にやりやすくなる」ことか。親魔族派閥で政治的に対立したり不都合な者に対して「決闘を挑んで殺す」ことや、そういう脅しがやりやすくなる(やたら乱用して次々に殺し過ぎれば報復を受けるリスクはあるが、駆け引きの脅しが効くだけでも有利になるのだから)。クラス5以上の付与が多分に政治的理由や派閥・党派に寄っている以上、たとえ名目上はクラス4や5であっても、トラやクリュエルよりも戦闘力に劣る者は少なくないだろう。
「これまでのお前の隠密掃討で、このあたりの盗賊団はあらかた壊滅させた。クラス8のままだと、お前のことを知った協会の上層部が制裁権を発動してくる恐れもある。今が作戦の潮時で、計画を次の段階に進めるときだ」
魔術者協会の上層部は、下級の魔術者たちにはかなり恣意的に発動できる「制裁権」があることになっている。本来は非行を犯した魔術者を制裁するのが建前ではあるが、現在の上層部と運営が偏向的で腐っていることもあって、ほとんど「合法リンチによる恐怖での統制と鎮圧」に近い。
そのために内心で魔族や山賊の跋扈を快く思っていなくても、力(戦闘力や政治力)がない中下級・一般の魔術者たちは見て見ぬ振りすることも多かった。たとえ目の前の山賊やゴブリンをやっつけて襲われている弱者・被害者を救っても、あとで自分自身が魔術協会から難癖をつけられて役職や地位を追われたり、最悪は協会の上位ランクの強者から「断罪リンチで処刑」されることすらありうるからだ。
ただしクラス6になれば、控訴権としても常時の都合次第であっても、逆に決闘を挑むことができる。つまり「殺してしまっても(刑法的に)罪に問われない」。合法的な決闘以外で人間の上位魔術者を襲ったり殺せば(それがどれだけ悪人であっても形式的に明確な犯罪者でない場合には)、勝敗に関係なく自分の方が傷害罪や殺人犯にされてしまうリスクが高い。
今の世の中では親魔族派のギャングたちは社会的な制度やシステムを徹底的に逆手にとったり腐らせて悪用している。それ相応に頭を使って対抗する必要があった。
夕食後にも思い切りがつかずにどうしようかと色々と考えていた。かといって、弟とトラが仲良く話しているのを聞いていて、それはそれで幸せだから困ったものだ。
悶々としてそのまま夜を過ごそうとしているとき、キョウコさんがトラを呼びに来た。
「クリュエルが呼んでる。作戦会議だってさ」
あたし(ルパ)は呼び止めようとして、キョウコさんとトラの様子から思い止まり口ごもる。重要な事柄で内々に話がしたいらしく、邪魔するわけにはいかないから。
たぶん今夜は、トラにアプローチするのは見合わせるしかないだろう。会議とやらが手短に済んでも、もう眠りの時間になっているはずだったし、夜更かししてもトラは重要なことで頭がいっぱいになっているだろうから。
「遅くなったら先に寝てろ」
「えっ、う、うん」
後ろ姿を見送って、ドアが閉まったときにあたしは小さくため息してしまった。
2
出向いた先は、およそ五百メートルのクリュエルの工房。ちょっとした部屋くらいのL字型の洞窟を作業場にして、鉄板の上で黒曜石や水晶などを魔術の火で炙ったり薬品を使ったりして「魔法石器」に仕上げる場所だ。
彼の魔法石器は独特のオリジナル。言わば「使い捨ての攻撃や防御の魔法道具」で、腐敗した魔術協会と決裂状態にあって援護や協力が得られない軍の戦士団にとってみれば、不足を代用できる軍需物資(近接戦闘ならば熟練した戦士ならば魔術者に対抗できるが、戦士のみでは距離のある撃ち合いなどで不利になるし、探索や呪いへの防護でも同様だった)。戦闘力の乏しい一般人や保安官などに持たせて治安維持や援護射撃に当たらせることもできる。
当然ながら資金源にもなるのだが、魔術と魔術者への独占的な支配と管理で政治的優位を得ている魔術者協会からは快く思われていない。代替手段が増えることで、軍や政治で「自分たちの要求や意向を無視したり逆らうならば我々は協力を拒否するぞ」という交渉がやりづらくなるからだ。
「クリュエル、どうした?」
クリュエルは普段に身につけている毛皮の鎧のままだった。一見は原始人のようにも見えるが、エルフのつくった特製品で、めったに与えられない代物だ。「原人騎士」とは揶揄にも聞こえるが、エルフやドワーフたちにとっては「崇高な始祖のようだ」という最高級の賞賛の称号でもある。
そばにパン籠があるから、おそらくさっきまで夕食のパンを齧りながら魔法石器を作っていたのだろう(彼にとっては考え事をするのにも好都合なのだという)。作業用の鉄板の下の炉では、まだ魔術の火がくすぶり燃えている。
「こんな遅くに呼び出して済まない。さっき連絡が入って、チャンスは逃すべきでないと思った」
「チャンス?」
「そろそろお前もクラス6に昇格しろ。これまでに二十回近く、隠密で掃討戦をやってきた。そろそろ魔術協会にも、お前のことがバレるはずだし、これ以上に隠していても意味がない」
協会の基準では、魔術者は十二階級のクラスにランク分けされている。認定する側の恣意的な判断や評価ではあったけれども、能力や強さの大雑把な目安にはなっている。大多数の魔術者たちは実力的にクラス8が関の山だし、今現在の時代情勢と世相では政治的理由で特定の派閥や党派でなければ(運営上位の役職就任に関わる)クラス5以上は与えられない。
つまりクラス6はクリュエルやトラのような、協会から快く思われていない魔術者にとっては、最高ランク評価ということ。それを獲得するメリットは社会的なステータスだけに留まらず、協会との駆け引きでも有利になるだろう。
最大の利点は「クラス5以上への決闘の挑戦が格段にやりやすくなる」ことか。親魔族派閥で政治的に対立したり不都合な者に対して「決闘を挑んで殺す」ことや、そういう脅しがやりやすくなる(やたら乱用して次々に殺し過ぎれば報復を受けるリスクはあるが、駆け引きの脅しが効くだけでも有利になるのだから)。クラス5以上の付与が多分に政治的理由や派閥・党派に寄っている以上、たとえ名目上はクラス4や5であっても、トラやクリュエルよりも戦闘力に劣る者は少なくないだろう。
「これまでのお前の隠密掃討で、このあたりの盗賊団はあらかた壊滅させた。クラス8のままだと、お前のことを知った協会の上層部が制裁権を発動してくる恐れもある。今が作戦の潮時で、計画を次の段階に進めるときだ」
魔術者協会の上層部は、下級の魔術者たちにはかなり恣意的に発動できる「制裁権」があることになっている。本来は非行を犯した魔術者を制裁するのが建前ではあるが、現在の上層部と運営が偏向的で腐っていることもあって、ほとんど「合法リンチによる恐怖での統制と鎮圧」に近い。
そのために内心で魔族や山賊の跋扈を快く思っていなくても、力(戦闘力や政治力)がない中下級・一般の魔術者たちは見て見ぬ振りすることも多かった。たとえ目の前の山賊やゴブリンをやっつけて襲われている弱者・被害者を救っても、あとで自分自身が魔術協会から難癖をつけられて役職や地位を追われたり、最悪は協会の上位ランクの強者から「断罪リンチで処刑」されることすらありうるからだ。
ただしクラス6になれば、控訴権としても常時の都合次第であっても、逆に決闘を挑むことができる。つまり「殺してしまっても(刑法的に)罪に問われない」。合法的な決闘以外で人間の上位魔術者を襲ったり殺せば(それがどれだけ悪人であっても形式的に明確な犯罪者でない場合には)、勝敗に関係なく自分の方が傷害罪や殺人犯にされてしまうリスクが高い。
今の世の中では親魔族派のギャングたちは社会的な制度やシステムを徹底的に逆手にとったり腐らせて悪用している。それ相応に頭を使って対抗する必要があった。