魔術罠師と猛犬娘/~と犬魔法ete
2
 幸い、食べるものや燃料などには全く困らなかった。あの近くの壊滅させた山賊キャンプの跡から、必要な分を持ってこられたからだ。やってくるかもしれない敵の新手を休みながら待ち受けるのにその場所そのまんまではやや無用心なので、少し離れた川寄りの崖下に身を潜めている。魔術者には飛び上がったり飛び降りできる高さでも、普通の者には難しいだろうし、飛び道具を防ぐ岩の陰になっている。キャンプ跡には魔術の罠を仕掛けて遠隔監視もしているらしい様子。

「火で乾かせ、でかいぬ(でかい犬?)」

 もう日が昇って、火を焚いても目立たない(夜中だったら丸見えになりやすく、闇の中の火灯りはあまりにも目立ちやすい)。煙はトラが吸引トラップで大部分を隠していたが、つくづく器用な魔術者であった。
 洗って濡れた身体を乾かすのに、あたしの毛皮を手櫛しながら「犬臭い」などとまた心ないことを言いやがる。しかも鼻と顎を手で握って掴む悪戯までしやがって、直前まで口で息していたから苦しくなって窒息しかけ、あーしが鼻で息をしだすと笑いやがった。腹いせに吠えて、飛びかかってやる。濡れた鼻面と黒く薄い唇で頬にキスし、さりげなくマーキングしてやる。
 二人(一人と一匹)で新手の敵が来ないか監視して待ちながら、さんざん玩具にされて、ついにはまどろんで浅い仮眠をとる。彼は魔術で探知できるし、あたしだって鋭くなっている聴覚で警戒しながら。
 普通の人間は山賊だろうが、夜目には限度がある。つまりこんな森の中で移動するのは昼間だろうから、近くに離れている者がいれば今日の日が沈むまでに戻ってくる可能性が高いはず。逆に魔術者や狼(獣エルフ)は夜間と闇の中でも行動しやすいのだから、再びに日が沈んでから暗がりに紛れて引き払えば良い。


3
 まどろみながら、夢枕に犬が現れた。

「娘さん、お目が高いしラッキー。同類の誼とご縁、あんたにだったらうちのお兄様をお譲りしても良かと。なんだか余所の女に獲られるのが業腹だった」

 この牝犬、おそらくトラの過去の飼い犬?
 夢のせいなのか、テレパシーみたいに人間の言葉で親しげに語りかけてくる。

「この人の飼ってた犬?」

「はいな、お兄様が子供のときにうちは一生涯を溺愛されました。三日飼えば恩を忘れないとまで言われる犬の忠誠と義理堅さ、三代でも七世でもお慕いしますがな。「ヘタな人間のバカ女より愛情ヒエラルキーが上」だったくらいですからね!
でもあんただったらかえってはまり込みのめり込みやろな。美しい犬で綺麗な娘さんでもある、この人には鴨がネギしょってきたようなもの」

「へ、へえ? アンタって、あーしが獣エルフだってわかってて言っているん?」

「モチのロン。うちの最大の弱点でこの人にとって唯一足りなかったのが性的な価値。どれだけ相思相愛でも種族が違いますからねえ。それを除けば、うちの方がそこいらの並の人間の女どもよりこの人からの愛情ランクは上。
あんただったら「犬・色兼備」で最強、ようやく満足して譲る気になった。大丈夫、この人はうちが教育済み、牝犬の愛とモフモフの良さを思い知らせて洗脳してある。お兄様はその犬の姿で少し甘えてやったら犬依存症が麻薬中毒患者のように再発するはずで、それで美女の正体を明かせばイチコロ」

 そこであたしは、その律儀で執念深い古い寵愛犬の頭を撫でてやった。さりげなく「教育済み・洗脳」だの「依存症・中毒」だのと危ないことを言っているのは、あえて詮議立てしないことにしよう。

「貴重な報告ご苦労」

「はいな!」

 なんかヘヘヘな笑い方が、親近感全開だった。
 こいつ、そんなに余所の女にお兄様を渡すのが嫌で、目に叶う者を探していたのか? 犬畜生なりの忠誠なのだろうけれど、これまでに気にくわない人間の女は撃退したり追い払ってそうで微妙に怖い奴なのも愛嬌のうちなのだろうか。
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