魔術罠師と猛犬娘/~と犬魔法ete
愛弟レトリバリクスはキューピット?
1
およそ四日ぶりに「仮住みの村」に生還した姉・犬鳴ルパは、道中で捕まえたウサギ四羽と不運な山賊からぶんどった財宝一束、そして婿候補らしい人間の若者を連れていた。
姉のルパは山賊に捕獲されていたのを他の捕虜たちと救助されたらしいが、彼らもまた難民村で困窮している人々で、反魔族レジスタンスの屯田兵村に合流する予定らしい。
「はい、ご飯のお肉。遅くなったし少ないけど、シチューの具にくらいはなるでしょ。こっちに山賊から奪ってきたお米と麦と干し肉もあるから」
貴金属や宝石は値打ちがあるし、売ればお金になったり食品や必要物資を買える。だがそれらを直接に食べて腹を満たすことはできない。だから迷宮ダンジョンの行き倒れ死体が金貨や宝石を持っていながら死因は餓死というのはままある。
昔話の「触ったものを金に変える王様」も飢えと渇きでギブアップしたし、古い戦略家の金言で「食料・お金・人間・武器は国や戦争に必須だが、人間と武器さえあれば食料とお金は手に入る」(レトは町の教会の図書室に出入りしたり、話を聞く耳学問も好きな性質なので)。
だとしたら、今回の姉(ルパ)の最大の獲得物は金貨の袋よりも、この魔法戦士の彼なのでは?
「あなた方はこちらで避難してどれくらい仮住まいの生活を? もし先行きの目処がないならば、こちらの屯田兵村にいらしてみては? 我々の村では周囲の開墾しながら食料生産もしだしていますし、鍛冶仕事などでの交易と商売もしています。農業や鍛冶ができる人だとしても、今のこのキャンプではいかんともし難いでしょう」
その通りだった。十人あまりの人間と数人のエルフやドワーフでテントと洞窟で暮らして一ヶ月にもなる。どうにか芋とわずかな野菜だけ栽培してはいるものの、ほとんど狩猟と採集に糧を依存している。どうにか避難した村から持ち出せた穀物も残り少ないし、二度ほど貴金属の貨幣で近くの無事な村や行商人から買い足しの機会はあったが、お金にも限界があるしチャンスも少ない。しかも何よりこの辺り一帯が魔王軍の脅威で荒廃しているし行く当てに困っていた。畑も鍛冶場もないから生産的な活動はしようがないのだし、離れた地方や町に逃げ伸びてそこで生活できるか、それ以前に辿り着けるかという問題もあった。
村の老いたドワーフと農家のおかみさんが代表役になって、ルパや他の者たちも一緒にお互いに話し合う。彼を連れてきたルパは乗り気なようだったし、皆も現実的な選択肢だと頷いている。それにもしも彼が悪人であれば、(姉の語るような戦闘力があれば)回りくどいやり方で欺さなくとも、腕ずくで全員捕らえて奴隷にでも売りとばせるだろう。他の村人の避難民たちも助けているから、申し出は嘘や出任せではないはずなのだ。
ぼく(犬鳴レトリバリクス)はその青年と、トラバサミの仮面の鋼鉄のギザギザ歯の隙間から目が合ったとき、なんとなく親愛感の波動テレパシーを察した。もう一つ、かすかに鼻を刺激した臭いが何かを直感させる。思い巡らせる脳裏を何故だか教会の図書室の本棚の光景がよぎった。
(これって、紙と羊皮紙やインクの臭い?)
たとえ同じように嗅覚が鋭敏であったとしても、日頃(避難前)に馴染んでいたレトにしか気づかないであろう、ほんのわずかな香り。だとするとこのトラという青年は日常的に、あるいは直前に書物や書類が大量にあったり常時にそういうものに触れているのだろうか。臭いが染みついている感じがする。
この罠師トラは一見は粗野で粗暴な格好と装いだけれど、物腰と態度や話し方がどことなく理知的でもある。話している中で出てくる知識や語彙などからすると、かなりの高等教育や教養があるとしか思われなかった。姉や他の者たちも、ただの戦士や兵士と違う雰囲気は感じていただろう。
ぼくは興味深く彼の顔を見つめていた。
およそ四日ぶりに「仮住みの村」に生還した姉・犬鳴ルパは、道中で捕まえたウサギ四羽と不運な山賊からぶんどった財宝一束、そして婿候補らしい人間の若者を連れていた。
姉のルパは山賊に捕獲されていたのを他の捕虜たちと救助されたらしいが、彼らもまた難民村で困窮している人々で、反魔族レジスタンスの屯田兵村に合流する予定らしい。
「はい、ご飯のお肉。遅くなったし少ないけど、シチューの具にくらいはなるでしょ。こっちに山賊から奪ってきたお米と麦と干し肉もあるから」
貴金属や宝石は値打ちがあるし、売ればお金になったり食品や必要物資を買える。だがそれらを直接に食べて腹を満たすことはできない。だから迷宮ダンジョンの行き倒れ死体が金貨や宝石を持っていながら死因は餓死というのはままある。
昔話の「触ったものを金に変える王様」も飢えと渇きでギブアップしたし、古い戦略家の金言で「食料・お金・人間・武器は国や戦争に必須だが、人間と武器さえあれば食料とお金は手に入る」(レトは町の教会の図書室に出入りしたり、話を聞く耳学問も好きな性質なので)。
だとしたら、今回の姉(ルパ)の最大の獲得物は金貨の袋よりも、この魔法戦士の彼なのでは?
「あなた方はこちらで避難してどれくらい仮住まいの生活を? もし先行きの目処がないならば、こちらの屯田兵村にいらしてみては? 我々の村では周囲の開墾しながら食料生産もしだしていますし、鍛冶仕事などでの交易と商売もしています。農業や鍛冶ができる人だとしても、今のこのキャンプではいかんともし難いでしょう」
その通りだった。十人あまりの人間と数人のエルフやドワーフでテントと洞窟で暮らして一ヶ月にもなる。どうにか芋とわずかな野菜だけ栽培してはいるものの、ほとんど狩猟と採集に糧を依存している。どうにか避難した村から持ち出せた穀物も残り少ないし、二度ほど貴金属の貨幣で近くの無事な村や行商人から買い足しの機会はあったが、お金にも限界があるしチャンスも少ない。しかも何よりこの辺り一帯が魔王軍の脅威で荒廃しているし行く当てに困っていた。畑も鍛冶場もないから生産的な活動はしようがないのだし、離れた地方や町に逃げ伸びてそこで生活できるか、それ以前に辿り着けるかという問題もあった。
村の老いたドワーフと農家のおかみさんが代表役になって、ルパや他の者たちも一緒にお互いに話し合う。彼を連れてきたルパは乗り気なようだったし、皆も現実的な選択肢だと頷いている。それにもしも彼が悪人であれば、(姉の語るような戦闘力があれば)回りくどいやり方で欺さなくとも、腕ずくで全員捕らえて奴隷にでも売りとばせるだろう。他の村人の避難民たちも助けているから、申し出は嘘や出任せではないはずなのだ。
ぼく(犬鳴レトリバリクス)はその青年と、トラバサミの仮面の鋼鉄のギザギザ歯の隙間から目が合ったとき、なんとなく親愛感の波動テレパシーを察した。もう一つ、かすかに鼻を刺激した臭いが何かを直感させる。思い巡らせる脳裏を何故だか教会の図書室の本棚の光景がよぎった。
(これって、紙と羊皮紙やインクの臭い?)
たとえ同じように嗅覚が鋭敏であったとしても、日頃(避難前)に馴染んでいたレトにしか気づかないであろう、ほんのわずかな香り。だとするとこのトラという青年は日常的に、あるいは直前に書物や書類が大量にあったり常時にそういうものに触れているのだろうか。臭いが染みついている感じがする。
この罠師トラは一見は粗野で粗暴な格好と装いだけれど、物腰と態度や話し方がどことなく理知的でもある。話している中で出てくる知識や語彙などからすると、かなりの高等教育や教養があるとしか思われなかった。姉や他の者たちも、ただの戦士や兵士と違う雰囲気は感じていただろう。
ぼくは興味深く彼の顔を見つめていた。