すべてはあの花のために④

「葵……」

「アキラくん……」


 見つめ合う二人。


「ちょっとアキ。いい加減に葵の手放してくれない?」

「まだアタシいるんだから、早く帰りなさいよ」


 ではなく、ただアキラが助手席の葵の手を掴んだまま放さないだけ。


「……あ、葵。その……」


 でも、申し訳なさそうな彼が何を伝えたいのかは、葵には嫌というほどわかっていた。


「アキラくん。この間はごめんなさい」

「……! っ。俺は、……その。違うんだ」

「うん。あんなこと急に言っちゃったから、驚いたよね。だから、ごめんなさい」


 葵は、有無を言わさぬ笑顔を向ける。


「……俺も、お前に大声出させるような真似をして、悪かった」


 けれどアキラは、真っ直ぐに葵の瞳を見て話してくる。


「……アキラくんが、悪いわけじゃないんだけど……」

「それでも俺が悪いと思った。だから謝ってる」

「……そっか。うん。じゃあ、そう言ってくれてありがとう?」

「ん」


 どうやら納得してくれたようで、小さく笑って頷いてくれたのだけれど、アキラはまだ手を放さない。

 中の二人の機嫌が悪化していて、思わず冷や汗をかいていると。


「俺は、何があってもお前のそばにいるから」


「だから」と、彼は繋いでいる葵の手を口元に持って行き、手の甲に口づけを落としていく。


「俺は、たとえ何があっても、お前を放してなんかやらないから」


 月を背にそう言う彼の顔は、見たことがないほど綺麗で、あたたかい笑顔だった。


「父さん、もう殆ど記憶も戻って話せるようにもなったんだ。今度シン兄と遊びに来てくれ。楓も会いたがってる」


「それじゃ」と、何事もなかったかのように王子スマイルを浮かべて、アキラは帰っていった。


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