すべてはあの花のために⑥
〈話したいことがある〉
2月末。最後の金曜日。卒業式のリハーサルを終えた頃、ツバサから一通メールが入ってきていた。
そして今日は、27日の日曜日。ツバサに呼ばれ、葵はある喫茶店へと来ていた。
時刻は14時。北地区で待ち合わせだったおかげで、15分前には到着。内心ドヤ。
「(わたしが人を待つなんて滅多にないぞ)」
そんなことを思っていたら、お店のドアベルがカランカランと鳴る。違う人だったので、先に頼んでいたコーヒーへ再び視線を落とす。
「悪い、待たせた」
けれどその人は、葵の前に座った。
「……え。つ、つばさくん……?」
目の前には、短髪に眼鏡を掛けた男の姿のツバサがいて。
「(つばさくん。だよね……?)」
少し頬を赤くした店員さんが注文を取りにきて、さっとブレンドを頼んでいる仕草も、完全な『男の子』だった。
「迷子にならずに来られたな」
頬杖をついて、小さく笑う目の前の彼に、葵は少し緊張した。
「ん? どうかした?」
「い、いえ! 何でもありませんっ!」
男の子の姿に慣れないから動揺してるだなんて、そんな恥ずかしいこと言えないと思っていたけれど。
「ふっ」
『バレバレだよ』
彼は、満足げに笑っていた。
「何。惚れた?」
「……! ち、ちが」
「じゃあ惚れろ」
「……?!」
真っ直ぐな視線に射抜かれ、葵は手にしていたコップで赤くなった顔を隠した。
「ふっ。……かわい」
やっぱり、彼には勝てそうになかった。
「……ーーーーーと、思いますよ……?」
「ん? 何?」
す、素直になったんだから、一回で聞き取って欲しい。
「かっこいいと、思います」
「……え」
「頑張ったんですね、ツバサくん」
「…………」
ツバサは一瞬固まったあと、口を手で押さえていた。葵はそんなツバサに首を傾げる。
店員さんがコーヒーを持ってきてくれたけれど、しばらくツバサは何も言わないまま、窓の外を見つめていた。
「ツバサくん? どうしましたか?」
ツバサは何も言わず、一回ちらりと葵を見ただけ。また口を押さえたまま、窓の向こうへと視線を向けた。
でもその横顔は、少しだけ赤くなっているような気がした。