すべてはあの花のために⑥

 てへっと、頭に手を置いてポーズをする葵を見て、ヒナタは心底嫌そうな顔をした。


「きっも」

「う、うるさいな! そもそも君がそんなことするはずないでしょう!」

「は? バカじゃないの。何を根拠にそんなこと言ってるんだか」

「根拠なんてないよ」


 葵は小さく笑って、ヒナタの前にしゃがみ込む。


「ただ、わたしが勝手に君を信じたいだけ。君はそんなことするような人じゃないって。……もし本当にそうだったとしても、きっと何か訳があるんじゃないかなって、そう思う。でも人様に迷惑掛けちゃいけないよ。やるならわたしだけにしてね。みんなには迷惑掛けたくないからさ」

「……なんで」

「ん? だって君、前科があるし?」

「前科?」


 にっこり笑った葵は、散らばった部屋を指差す。


「みんなに心配を掛けたくなくて、お母さんのこと隠してたでしょう?」

「それは友達だからだし」

「だったら友達じゃないわたしには話せたんじゃない?」

「友達じゃない奴にこんなこと話す義理なんてないし」

「あ。そっか」

「……はあ」


 呆れている様子のヒナタにクスリと笑って、葵はそっと叩いてしまった頬に触れる。


「……っ」

「あ。……ご、めん。冷たかった……ね?」


 ヒナタは、葵の冷たさにびくりと肩を震わせて驚いた。けれど、葵もヒナタ以上に驚いていた。彼の頬に触れるまで、自分の手が冷たくなっていることに全く気がつかなかったから。
 手を離そうとするけど、ヒナタに手を掴まれる。


「え、ひな。……あの、わたしの手冷たいから」

「気持ちいいから、そのままでいい」


 ヒナタに手を掴まれ、そのままぐっと引っ張られた。彼の頬に、大きな手にじんわりと温められていく。


「……あの。痛かっ」

「すごく」

「ご、ごめん」


 食い気味で即答された。


「……ありがと」

「え……?」


 俯いている彼から、そう聞こえたような気がした。


「……信じて、くれて」

「(ひなたくん……)」


 ぎゅっと、頬に触れていた手が握られる。


「……なんで? あんたの嫌なことでしょ? こんなことされてまで、あんたはオレのこと嫌いになんないの」

「ん? だからさっき言ったじゃん? 訳があるんだろうって。……だから、信じてるよ。君のこと」

「……あっそ」


 ゆっくりと、ヒナタの顔が上がる。視線が、葵の首元で止まった。


「……苦しかったよね」


 小さくそう呟いて、ヒナタが葵の首へ手を伸ばした時、ひゅっと音を立てて、葵の息が詰まる。


「っ、はっ。……あの、これは違くて……」


 一瞬息ができなくなった葵は、浅く息を繰り返す。


「……ごめん」

「っえ。……だから。違うから。気のせい、……っ」


 再び首に手を添えられて、また気道が狭まった。


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