すべてはあの花のために⑥
四十四章 信

い、イリュージョン!?


「ヒナタくん! ひなたくーん、ヒナタくんっ、ひなたくん!」

「はいはい何?」

「もう一回! わたしも呼んで!」

「ん? 下僕」

「ええ……。なんでえー……」

「オレはここぞという時にしか呼ばないのでー」

「ぶう……!」

「ぶはっ、ぶっさいく」


 楽しそうに笑いながら、ヒナタが葵の頬をつんつん突いてくる。


「(……よかった。笑ってくれた)」


 そんなヒナタにつられて笑うと、「笑えるようになったんだ」と、目の前から呟きが落ちる。


「ん? 何?」

「聞かないの? なんであんなことしたのか」

「聞いたら教えてくれるの?」

「……言いたくない」

「そっか」

「でも、別に家とか関係ない。オレが、わけあってしてただけ。もうしない」


 俯く彼に、葵はにこっと笑いかける。


「うん。信じてるから大丈夫。ありがとう。もう聞かないよ?」

「……そ」


 ヒナタの腕は葵の腰に回ったまま。離そうとはしないみたい。


「……わたしも、話せないこと、あるから」

「それってさ、そもそもなんでなの?」

「え? そ、そもそも……?」

「うん。なんで話せないのかなって、思ったんだけど」

「……話しちゃったら、わたしの大切な人が傷ついちゃうの」

「え」

「言っちゃったら、わたしの大好きな人たちが危なくなるの」

「…………」

「言いたくないこと、言っちゃったら絶対。わたしのこと、嫌いになる」

「ならないよ」


 おでこにこつんと、同じものを合わさってくる。


「……! ひなっ」

「絶対にならないよ。信じて」

「で、でも」

「どんなこと? そんなにあんた、みんなに嫌われるようなことしたの?」

「っ……」

「……じゃあ、たとえばの話だけど」


 ヒナタの手が、葵の背中をとんとんとやさしく撫でる。


「オレの友達怒らせても、あんたのこと嫌いになんないよ?」

「……でも、バレンタイン嫌いって言った」

「だから苛々してたんだって。あと巻き込みたくなかったから。いい?」

「……腑に落ちない」

「そうなの。落ちなさい」

「……わかった」


< 173 / 251 >

この作品をシェア

pagetop