すべてはあの花のために⑥
名前を呼ばれて、はっと意識が戻ってくる。パチパチと瞬きを繰り返して、ぼやけた焦点を直していく。
「あ、れ。……ひなた、くん?」
「……大丈夫?」
「う、うん。だい、じょうぶ……」
ただ、身に覚えがない記憶など今までなかったから、少し戸惑っていただけ。
僅かに俯いていると、そっと大きな手に頬が包まれる。視線を上げると少し不安そうな瞳と目が合った。
「こっち、見て」
「……? うん。見てるよ?」
「自分の名前、言って」
「え?」
「いいから言って」
「……あおい」
「うん。……合ってる」
「ちょっとだけ。花咲」
「え?」
「あ」
彼の導き方のせいなのか、それとも普段とは違う彼の雰囲気のせいなのか。つい、彼らの名前が出てしまう。
そんな葵に、一瞬きょとんとしたヒナタだったけれど、すぐにほっとした表情になる。
「……うん。道明寺じゃないんだよね」
「え? 道明寺、だけど……」
「本当はの話。……そろそろ戻ろう。流石に怒られそう」
「……? うん。そうだね。お片付け~」
今の会話の意図がわからず、首を傾げながらも葵はるんるんで部屋を出て、みんなのいる部屋へと戻っていったのだった。
その場に残ったヒナタは、スマホを取り出してどこかへ連絡を入れていた。その表情は先程と違い、真剣さの中にどこか愉しさが混じっているよう。
しかしそれを送った後、大きな息を吐き、片腕で頭を抱えるように座り込む。
「はあああー……。……危なかった」
真っ赤になった彼は、それからしばらくは動けなかったらしい。