すべてはあの花のために⑦
アカネの声に被せたシントに、三人は怪訝な顔をした。
「よく気がつきました、翼くん」
「……どうも」
「え? シン兄?」
「しんとサン? でもこの間は、『理事長としんとサン、道明寺、それからあおいチャン自身』って。そう仰ってましたよね」
「茜。最後だよ」
「え? 何? つばさクン??」
「最後が抜けてる。……結局のところ、信人さんもあいつのことでわかんないことがあるんだよ」
「……どういうことだシン兄」
シントは「それじゃあわかったご褒美ね」と、みんなに話を聞かせた。
「俺は、茜くんたちにそう答えたあと、最後にこう付け加えた」
【大方君らが知ってる『全て』を知る人物は】って。
「この【大方】っていうのがくせ者だったんだ。大部分は知っているけど、『丸ごと全て』ではないという意味でね」
君たちはあの時、この【大方】は『お前らが知ってる』っていうのだけに掛かってると思ったから、あの時それ以上聞いてこなかった。俺は、この【大方】は『すべて』にも掛けていた。
【大方】お前らが知ってる中で、【大方】すべてを知る人物。
それがあの時言った、理事長、俺、道明寺、そして葵だ。
「そして、さっき翼くんが言った、【1から10までじゃなくて、0から10まで】。何もかも、全部をわかってる人は誰か。……そんなの、ただ一人。葵しかいない」
みんなは言葉が出ない様子だった。
「(よく気がついた翼くん。俺も、『葵の名前だけ』はわかっていないんだ。だからあいつを呼んでやれないし、みんなには言わなかったけどハードルを低くだってした。……俺だって、できることなら自分がしてきたことなんて言いたくないし、きっと翼くんもあのことを聞いてくる)」
――シントが何故、話せなくなっていたのか。
「(でももう時間がないんだ。俺も悠長にそんなことを言ってられないし、葵のためならこいつらに嫌われたっていい。構うもんか。葵だって、あれを渡してきたってことはそういうことだ。でも、俺はちゃんとお前の気持ちも酌んでやる。……だって俺は、お前の最初で最後の、最高すぎる執事なんだから)」
押し黙ってしまったみんなに、シントは笑いかける。
「みんな、どうか諦めないで欲しい」
そのカードをわかること。それから、そのカードについて葵と話すこと。そして、俺が持っている日記を理解すること。最後に、……俺も知らないことを知ること。
「このことをすれば、葵はきっと助かる。残酷な運命からも、あの家からも」
ひとりひとり、強い意志が瞳に宿っていく。
「君らだけなんだ。葵をすくえるのは。葵に救ってもらった、君たちだけなんだ」
もちろんその中には俺も入ってる。朝倉先生も、理事長だってそうだ。
だから俺らは必死に探してるんだ。葵が唯一、『絶対に話せないこと』を。
どうかそれを、みんなも見つけて欲しい。ちゃんとあいつをわかってやって? 理解してやって?
「俺から言えるのはここまでだ。君たちならできるって、俺は信じてるよ。もちろん理事長も。そして、…………葵もね」
シントの言葉を聞いて、それぞれ何を思ったかはわからない。
でも、きっと。信じてくれている人のために、彼らは必ず葵を理解してくれるだろう。
この先、不安でしょうがないけれど、でも一筋の光が、その不安という名の暗闇を晴らしてくれるだろう。
そう…………――信じてるから。