すべてはあの花のために⑦

『最後のお仕事』といきますか


 皇邸、離れ屋。一言も言葉を発さないまま、ただ、一人一人の息づかいだけが廊下に響く。
 とある一室。その部屋は団体の客人を通す部屋だ。そこの大きな扉を、アキラはガチャリと開けた。


「……お。やっと帰ってきた。おかえり」

「……杜真、大学は」


 まさかのトーマの方が先に来ていたとは。連絡したのはついさっきなのに。……こっわ。


「〈ちょっと話したいことがある〉とか、アキから連絡来るなら絶対葵ちゃん関係のことだと思って、すっ飛んできたんだよ」

「そうそう。俺何も連絡聞いてなかったから、家入れんのどうしようかと思ったぞ」


 トーマに紅茶を注ぐカエデは、冗談交じりにそうぼやく。けれどみんなは、そんな空気になることはできなかった。
 カエデが素で話しているにもかかわらず、誰も何も突っ込んでこないので、二人は察して顔を強張らせた。


「……楓。父さんは」

「シランならは仕事中だ。新入社員の研修があるみたいで、今日はそっちに付きっ切り」

「いつ帰ってくる」

「……数日は帰ってこないよ」


 その返答を聞きながら、アキラはみんなを席に着かせた。カエデからのよくない返答に、大きくため息をつく。


「シン兄は……」

「全然。声掛けても返事すらしねえ」


 みんなは黙ってアキラの会話を聞いていた。ただ、一人を除いて。


「え。ち、ちょっと何。……え? 信人さん、見つかったの?」

「え? 杜真のくせに、知らないのか?」


 みんなの気持ちを代弁したアキラに、トーマは驚きを隠せない。


「み、みんなは、信人さんが見つかったって……生きてたって知ってたの」

「ま、まあ。実はねー……」


 そう返事をしたカナデを始め、みんなはトーマから視線を逸らした。トーマの目がとっても怖いから。


「いつ。いや、多分だけど夏か。熱海のあとすぐかな」

「いや、逆に何でそこまで予想が付くのかは知らないけど……」


 アキラだけではなく、全員がトーマの推測力も葵に負けず劣らずで怖いなと思った。そんなトーマはと言うと、顎に手を当て少し思案顔。
 しばらく悩んで「よし」と。トーマはゆっくりとカエデを見上げた。


「楓さん。俺から話してもいいかな。あのこと」

「ん? ……ああ、いいんじゃねえか? もうアキも知っていいだろう」


 何のことかわかったカエデの表情は、やけにやさしかった。


「みんなは知らないと思うけど、熱海から帰ってきた次の日、俺は葵ちゃんとデートしたんだ」

「楓。杜真を出禁にしろ」

「待て待て。最後まで聞けって。……デートの行き先は、ここだよ」


 アキラに続いてみんなも、そのことに目を見開いた。


「……どういうことだ、杜真」


 何故デートにもかかわらずここへ来ていたのか。そして、どうしてそれに気が付かなかったのかと、アキラはいろんな意味でちょっとムスッとした。


「あの頃おかしかったお前を葵ちゃんが気にしてたから、楓さんと話をさせてあげたんだ」


 アキラだけでなく、その話にみんなが眉間に皺を寄せていた。


「その時に葵ちゃん言ってたよ。『シン兄』ってご存じですかって。……それからすぐ信人さんと会ったのか。でもそうなると、葵ちゃんは信人さんの行方を知っていたということに……」


 みんながお互いに目を合わせて、これは言っていいものか悩んでいた時だった。


「杜真くん。それは、俺のことを葵が拾ってくれたからだよ」


< 5 / 245 >

この作品をシェア

pagetop