あの桜の木の下で
そうちゃんが倒れてから数日が経った。
屯所の一室で横になっている彼女は、表向きには落ち着きを取り戻しているように見えた。しかし、俺は知っている。彼女の身体は以前とは違う状態にあることを。
俺は部屋の隅に座り、布団の中で静かに息をするそうちゃんの顔をじっと見つめた。
「……春樹?」
微かに開いた瞳が、俺を見つめる。
「起こしちまったか?」
「ううん、もともとそんなに眠れてなかったから。」
そうちゃんは苦笑しながら、上半身を少し起こそうとした。
「無理するなよ。」
俺はすぐに支えようとするが、そうちゃんはゆっくりと首を振った。
「ありがとう。でも、私は本当に大丈夫だから。」
そう言いながらも、その声にはどこか力がない。
「そうちゃん……本当のことを言ってくれ。」
俺は真剣な声で言った。
「このまま無理をし続けたら、お前は——」
言葉を切る。言いたくない。そんなこと、考えたくもない。
そうちゃんは一瞬、言葉を探すように目を伏せた。
「……ごめんね、春樹。私は、まだこの道を歩きたい。」
その言葉に、俺は言葉を失う。
「私にとって、新選組はすべてなんだ。ここにいることで、私は生きている意味を見出せる。」
「それは……わかる。でも——」
「だからこそ、まだ倒れるわけにはいかない。」
彼女の目に宿るのは、決意と、どこか諦めに似た光。
俺はその視線から目を逸らすことができなかった。
◇
「どうだ?総司の様子は。」
屯所の縁側で、俺は土方さんに声をかけられた。
「……あまり良くないですね。」
俺は正直に答えた。
「無理をしないでくれと言っても、聞く耳を持たない。」
土方さんは深くため息をついた。
「アイツはそういうやつだ。」
「……。」
「だがな、春樹。俺たちにできることは、戦場で背中を預けることだけだ。」
「……それが、新選組の流儀ですか?」
「違う。アイツが選んだ道だ。俺たちは、それを受け入れるしかない。」
俺は拳を握りしめる。
「けど、それじゃ——」
「……お前が傍にいてやれ。」
土方さんは静かに言った。
「アイツがどんな選択をしようとも、お前がそれを見届けてやる。それが、お前にできることだろう?」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
そうちゃんの道を、俺は最後まで見届けることができるのか。
それが、俺にできる唯一のことなのか——。
夜風が、京の町を静かに吹き抜けた。
数日が経ち、そうちゃんの体調は少しずつ持ち直してきた。
だが、それは表面上の話で、彼女が無理をしていることくらい、俺にはすぐにわかった。
屯所の庭で竹刀を握るそうちゃんの姿を見つけたとき、俺は思わず駆け寄った。
「おい、そうちゃん!何やってんだよ!」
振り返った彼女は、少し驚いた顔をしていた。
「……春樹。もう動かないと、鈍っちゃうから。」
「馬鹿か、お前は!」
俺は思わず怒鳴っていた。
「やっと休めたんだから、もう少し大人しくしてろ!」
そうちゃんは竹刀を持つ手を緩め、少しだけ目を伏せた。
「……ごめんね。でも、私が休んでる間にも、新選組は動いているでしょう?」
「だからって、お前が無理する理由にはならねえ!」
俺は思わず彼女の腕を掴んだ。驚いたように俺を見上げるその瞳に、俺は息を呑んだ。
「……お前がいなくなったら、どうするんだよ。」
そうちゃんは一瞬、何かを言おうとしたが、すぐに口をつぐんだ。
「お前が戦い続ける理由はわかる。けど、それで倒れたら意味がないだろう?」
「……うん。」
そうちゃんは小さく頷いた。
「わかったよ。今日はもう、やめる。」
俺は安堵の息を吐いたが、そうちゃんの表情がどこか曇っていることに気づいた。
「……春樹。」
「ん?」
「もし、私がもっと動けなくなったら、そのときも支えてくれる?」
俺は一瞬、言葉に詰まる。
「……馬鹿言うなよ。」
俺はそうちゃんの肩に手を置き、真っ直ぐに目を見つめた。
「お前がどんな状態になったって、俺は絶対に支える。」
そうちゃんは驚いたように目を瞬かせたが、すぐにふっと微笑んだ。
「ありがとう。春樹。」
その笑顔を見て、俺の胸は締め付けられるような感覚に襲われた。
——風が吹いた。
この風は、どこへ向かうのだろう。
俺たちの行く先は、まだ誰にもわからない。
屯所の一室で横になっている彼女は、表向きには落ち着きを取り戻しているように見えた。しかし、俺は知っている。彼女の身体は以前とは違う状態にあることを。
俺は部屋の隅に座り、布団の中で静かに息をするそうちゃんの顔をじっと見つめた。
「……春樹?」
微かに開いた瞳が、俺を見つめる。
「起こしちまったか?」
「ううん、もともとそんなに眠れてなかったから。」
そうちゃんは苦笑しながら、上半身を少し起こそうとした。
「無理するなよ。」
俺はすぐに支えようとするが、そうちゃんはゆっくりと首を振った。
「ありがとう。でも、私は本当に大丈夫だから。」
そう言いながらも、その声にはどこか力がない。
「そうちゃん……本当のことを言ってくれ。」
俺は真剣な声で言った。
「このまま無理をし続けたら、お前は——」
言葉を切る。言いたくない。そんなこと、考えたくもない。
そうちゃんは一瞬、言葉を探すように目を伏せた。
「……ごめんね、春樹。私は、まだこの道を歩きたい。」
その言葉に、俺は言葉を失う。
「私にとって、新選組はすべてなんだ。ここにいることで、私は生きている意味を見出せる。」
「それは……わかる。でも——」
「だからこそ、まだ倒れるわけにはいかない。」
彼女の目に宿るのは、決意と、どこか諦めに似た光。
俺はその視線から目を逸らすことができなかった。
◇
「どうだ?総司の様子は。」
屯所の縁側で、俺は土方さんに声をかけられた。
「……あまり良くないですね。」
俺は正直に答えた。
「無理をしないでくれと言っても、聞く耳を持たない。」
土方さんは深くため息をついた。
「アイツはそういうやつだ。」
「……。」
「だがな、春樹。俺たちにできることは、戦場で背中を預けることだけだ。」
「……それが、新選組の流儀ですか?」
「違う。アイツが選んだ道だ。俺たちは、それを受け入れるしかない。」
俺は拳を握りしめる。
「けど、それじゃ——」
「……お前が傍にいてやれ。」
土方さんは静かに言った。
「アイツがどんな選択をしようとも、お前がそれを見届けてやる。それが、お前にできることだろう?」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
そうちゃんの道を、俺は最後まで見届けることができるのか。
それが、俺にできる唯一のことなのか——。
夜風が、京の町を静かに吹き抜けた。
数日が経ち、そうちゃんの体調は少しずつ持ち直してきた。
だが、それは表面上の話で、彼女が無理をしていることくらい、俺にはすぐにわかった。
屯所の庭で竹刀を握るそうちゃんの姿を見つけたとき、俺は思わず駆け寄った。
「おい、そうちゃん!何やってんだよ!」
振り返った彼女は、少し驚いた顔をしていた。
「……春樹。もう動かないと、鈍っちゃうから。」
「馬鹿か、お前は!」
俺は思わず怒鳴っていた。
「やっと休めたんだから、もう少し大人しくしてろ!」
そうちゃんは竹刀を持つ手を緩め、少しだけ目を伏せた。
「……ごめんね。でも、私が休んでる間にも、新選組は動いているでしょう?」
「だからって、お前が無理する理由にはならねえ!」
俺は思わず彼女の腕を掴んだ。驚いたように俺を見上げるその瞳に、俺は息を呑んだ。
「……お前がいなくなったら、どうするんだよ。」
そうちゃんは一瞬、何かを言おうとしたが、すぐに口をつぐんだ。
「お前が戦い続ける理由はわかる。けど、それで倒れたら意味がないだろう?」
「……うん。」
そうちゃんは小さく頷いた。
「わかったよ。今日はもう、やめる。」
俺は安堵の息を吐いたが、そうちゃんの表情がどこか曇っていることに気づいた。
「……春樹。」
「ん?」
「もし、私がもっと動けなくなったら、そのときも支えてくれる?」
俺は一瞬、言葉に詰まる。
「……馬鹿言うなよ。」
俺はそうちゃんの肩に手を置き、真っ直ぐに目を見つめた。
「お前がどんな状態になったって、俺は絶対に支える。」
そうちゃんは驚いたように目を瞬かせたが、すぐにふっと微笑んだ。
「ありがとう。春樹。」
その笑顔を見て、俺の胸は締め付けられるような感覚に襲われた。
——風が吹いた。
この風は、どこへ向かうのだろう。
俺たちの行く先は、まだ誰にもわからない。