あの桜の木の下で
そうちゃんが倒れてから数日が経った。

屯所の一室で横になっている彼女は、表向きには落ち着きを取り戻しているように見えた。しかし、俺は知っている。彼女の身体は以前とは違う状態にあることを。

俺は部屋の隅に座り、布団の中で静かに息をするそうちゃんの顔をじっと見つめた。

「……春樹?」

微かに開いた瞳が、俺を見つめる。

「起こしちまったか?」

「ううん、もともとそんなに眠れてなかったから。」

そうちゃんは苦笑しながら、上半身を少し起こそうとした。

「無理するなよ。」

俺はすぐに支えようとするが、そうちゃんはゆっくりと首を振った。

「ありがとう。でも、私は本当に大丈夫だから。」

そう言いながらも、その声にはどこか力がない。

「そうちゃん……本当のことを言ってくれ。」

俺は真剣な声で言った。

「このまま無理をし続けたら、お前は——」

言葉を切る。言いたくない。そんなこと、考えたくもない。

そうちゃんは一瞬、言葉を探すように目を伏せた。

「……ごめんね、春樹。私は、まだこの道を歩きたい。」

その言葉に、俺は言葉を失う。

「私にとって、新選組はすべてなんだ。ここにいることで、私は生きている意味を見出せる。」

「それは……わかる。でも——」

「だからこそ、まだ倒れるわけにはいかない。」

彼女の目に宿るのは、決意と、どこか諦めに似た光。

俺はその視線から目を逸らすことができなかった。



「どうだ?総司の様子は。」

屯所の縁側で、俺は土方さんに声をかけられた。

「……あまり良くないですね。」

俺は正直に答えた。

「無理をしないでくれと言っても、聞く耳を持たない。」

土方さんは深くため息をついた。

「アイツはそういうやつだ。」

「……。」

「だがな、春樹。俺たちにできることは、戦場で背中を預けることだけだ。」

「……それが、新選組の流儀ですか?」

「違う。アイツが選んだ道だ。俺たちは、それを受け入れるしかない。」

俺は拳を握りしめる。

「けど、それじゃ——」

「……お前が傍にいてやれ。」

土方さんは静かに言った。

「アイツがどんな選択をしようとも、お前がそれを見届けてやる。それが、お前にできることだろう?」

その言葉に、俺は何も言えなかった。

そうちゃんの道を、俺は最後まで見届けることができるのか。

それが、俺にできる唯一のことなのか——。

夜風が、京の町を静かに吹き抜けた。

数日が経ち、そうちゃんの体調は少しずつ持ち直してきた。
だが、それは表面上の話で、彼女が無理をしていることくらい、俺にはすぐにわかった。

屯所の庭で竹刀を握るそうちゃんの姿を見つけたとき、俺は思わず駆け寄った。

「おい、そうちゃん!何やってんだよ!」

振り返った彼女は、少し驚いた顔をしていた。

「……春樹。もう動かないと、鈍っちゃうから。」

「馬鹿か、お前は!」

俺は思わず怒鳴っていた。

「やっと休めたんだから、もう少し大人しくしてろ!」

そうちゃんは竹刀を持つ手を緩め、少しだけ目を伏せた。

「……ごめんね。でも、私が休んでる間にも、新選組は動いているでしょう?」

「だからって、お前が無理する理由にはならねえ!」

俺は思わず彼女の腕を掴んだ。驚いたように俺を見上げるその瞳に、俺は息を呑んだ。

「……お前がいなくなったら、どうするんだよ。」

そうちゃんは一瞬、何かを言おうとしたが、すぐに口をつぐんだ。

「お前が戦い続ける理由はわかる。けど、それで倒れたら意味がないだろう?」

「……うん。」

そうちゃんは小さく頷いた。

「わかったよ。今日はもう、やめる。」

俺は安堵の息を吐いたが、そうちゃんの表情がどこか曇っていることに気づいた。

「……春樹。」

「ん?」

「もし、私がもっと動けなくなったら、そのときも支えてくれる?」

俺は一瞬、言葉に詰まる。

「……馬鹿言うなよ。」

俺はそうちゃんの肩に手を置き、真っ直ぐに目を見つめた。

「お前がどんな状態になったって、俺は絶対に支える。」

そうちゃんは驚いたように目を瞬かせたが、すぐにふっと微笑んだ。

「ありがとう。春樹。」

その笑顔を見て、俺の胸は締め付けられるような感覚に襲われた。

——風が吹いた。

この風は、どこへ向かうのだろう。

俺たちの行く先は、まだ誰にもわからない。
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