あの桜の木の下で
✿伊東甲子太郎✿
それから数日が経った。
そうちゃんの体調は少しずつ回復しているように見えたが、彼女の無理をする性格は相変わらずだった。屯所内の訓練にも顔を出し、竹刀を握る姿を見せることも増えていた。
だが、俺は知っている。彼女の動きが、以前よりもわずかに鈍くなっていることを。息が切れるのが早くなっていることを。
それでも、そうちゃんは何も言わずに前を向き続ける。
◇
「……まただ。」
夜更け、俺はそうちゃんの部屋の前で立ち尽くしていた。
襖の向こうから微かに聞こえる、かすれた咳。そして、それに続く何かを押し殺すような音。
——血を吐いている。
「……っ。」
俺は拳を握りしめる。
わかっていた。もう随分前から、彼女の身体が限界に近いことは。
けれど、俺にはどうすることもできない。
俺たちは、新選組の隊士だ。戦い続けることしか、許されない。
だが——
◇
「春樹。」
次の日の朝、そうちゃんは何事もなかったかのように俺の前に立っていた。
「今日も、巡察に行くよ。土方さんの指示でね。」
「……お前、本当に行くつもりなのか?」
「もちろん。」
そうちゃんは微笑んだ。
「私はまだ、新選組の一員だから。」
「……。」
俺は何かを言おうとしたが、結局、言葉にならなかった。
そうちゃんの目は、変わらず強い光を宿していた。
俺はそれ以上、何も言えなかった。
俺たちは新選組だ。戦い続けることしかできないのだから。
だから、せめて——
「……行くぞ、そうちゃん。」
「うん。」
俺は彼女の歩く先を、ただ見守ることしかできなかった。
そして、その道の先に何が待っているのか——それを知るのが、何よりも怖かった。
巡察の道すがら、そうちゃんはいつも通り静かに、そして確実に歩を進めていた。
その背中を見つめながら、俺の胸にはどうしようもない不安が渦巻いていた。
「春樹?」
そうちゃんがふと振り返る。
「どうしたの?」
「……いや。」
俺は首を振るしかなかった。
本当は言いたいことが山ほどあった。
「お前、本当に大丈夫なのか?」
「無理をするな。」
「もし辛いなら、戦うことなんて——」
けれど、その言葉はどれも、そうちゃんの前では無力だった。
彼女はきっと、「大丈夫」と微笑むだけだ。
そして俺は、何もできないまま、彼女の戦いを見守ることしかできない。
そんな無力さが、俺を焦らせた。
◇
「おい、あれを見ろ。」
突然、他の隊士が指さした方向に目を向けると、通りの先に数人の浪士の姿があった。
「どうやら密談中ってところか。」
「どうする?」
「土方さんの命令は、不審な動きを見つけたら報告することだ。」
「だが……」
「……近づくぞ。」
俺たちは気配を消しながら、浪士たちの様子を探った。
「……もうすぐだ。備えろ。」
「京の町を炎で包む。その時こそ、幕府を——」
「——おい、新選組だ!」
俺たちの気配に気づいた浪士が叫び、刀を抜いた。
「斬れ!」
瞬間、火花が散るように斬撃が交わされた。
俺はすぐさま前の浪士の刃を受け止め、横へと払う。だが、もう一人が背後から迫ってくるのを感じた。
「春樹!」
そうちゃんの声とともに、鋭い刀閃が走る。
「はっ……!」
そうちゃんの刃は迷いなく敵を捉え、浪士が地面に崩れ落ちた。
しかし——
「……っ!」
その瞬間、そうちゃんの動きが一瞬止まる。
顔が青白くなり、肩で息をする姿が目に入る。
「そうちゃん!」
俺が叫んだその時、別の浪士が彼女に斬りかかろうとしていた。
「——っ!」
俺は全力で駆け、刃を弾く。
「お前……!」
怒りのままに刀を振り抜き、敵を倒した。
気がつけば戦いは終わっていた。
「そうちゃん……!」
彼女は膝をつき、肩で荒く息をしていた。
「……大丈夫。」
そう言いながら、彼女はゆっくりと立ち上がろうとする。
「どこがだ!」
俺はそうちゃんの腕を掴んだ。
「お前、限界だろうが!」
「……私は、まだ戦える。」
「ふざけるな!」
俺は叫んだ。
「お前がどれだけ無理してるか、俺は知ってる!もう、いい加減——」
「……春樹。」
そうちゃんの声は、驚くほど静かだった。
「私は、新選組の一員だよ。」
その瞳には、迷いがなかった。
「戦い続けることが、私のすべてだから。」
俺は、それ以上何も言えなかった。
そうちゃんは微笑み、ゆっくりと立ち上がる。
俺はただ、彼女の肩に手を置き、そっと支えることしかできなかった。
燃え尽きるまで、彼女はきっと、戦い続けるのだろう。
俺は——それを、止めることができるのか?
いや、それとも——俺が支えなければ、彼女はもっと早く倒れてしまうのかもしれない。
俺は、何が正しいのかわからなくなっていた。
そうちゃんの体調は少しずつ回復しているように見えたが、彼女の無理をする性格は相変わらずだった。屯所内の訓練にも顔を出し、竹刀を握る姿を見せることも増えていた。
だが、俺は知っている。彼女の動きが、以前よりもわずかに鈍くなっていることを。息が切れるのが早くなっていることを。
それでも、そうちゃんは何も言わずに前を向き続ける。
◇
「……まただ。」
夜更け、俺はそうちゃんの部屋の前で立ち尽くしていた。
襖の向こうから微かに聞こえる、かすれた咳。そして、それに続く何かを押し殺すような音。
——血を吐いている。
「……っ。」
俺は拳を握りしめる。
わかっていた。もう随分前から、彼女の身体が限界に近いことは。
けれど、俺にはどうすることもできない。
俺たちは、新選組の隊士だ。戦い続けることしか、許されない。
だが——
◇
「春樹。」
次の日の朝、そうちゃんは何事もなかったかのように俺の前に立っていた。
「今日も、巡察に行くよ。土方さんの指示でね。」
「……お前、本当に行くつもりなのか?」
「もちろん。」
そうちゃんは微笑んだ。
「私はまだ、新選組の一員だから。」
「……。」
俺は何かを言おうとしたが、結局、言葉にならなかった。
そうちゃんの目は、変わらず強い光を宿していた。
俺はそれ以上、何も言えなかった。
俺たちは新選組だ。戦い続けることしかできないのだから。
だから、せめて——
「……行くぞ、そうちゃん。」
「うん。」
俺は彼女の歩く先を、ただ見守ることしかできなかった。
そして、その道の先に何が待っているのか——それを知るのが、何よりも怖かった。
巡察の道すがら、そうちゃんはいつも通り静かに、そして確実に歩を進めていた。
その背中を見つめながら、俺の胸にはどうしようもない不安が渦巻いていた。
「春樹?」
そうちゃんがふと振り返る。
「どうしたの?」
「……いや。」
俺は首を振るしかなかった。
本当は言いたいことが山ほどあった。
「お前、本当に大丈夫なのか?」
「無理をするな。」
「もし辛いなら、戦うことなんて——」
けれど、その言葉はどれも、そうちゃんの前では無力だった。
彼女はきっと、「大丈夫」と微笑むだけだ。
そして俺は、何もできないまま、彼女の戦いを見守ることしかできない。
そんな無力さが、俺を焦らせた。
◇
「おい、あれを見ろ。」
突然、他の隊士が指さした方向に目を向けると、通りの先に数人の浪士の姿があった。
「どうやら密談中ってところか。」
「どうする?」
「土方さんの命令は、不審な動きを見つけたら報告することだ。」
「だが……」
「……近づくぞ。」
俺たちは気配を消しながら、浪士たちの様子を探った。
「……もうすぐだ。備えろ。」
「京の町を炎で包む。その時こそ、幕府を——」
「——おい、新選組だ!」
俺たちの気配に気づいた浪士が叫び、刀を抜いた。
「斬れ!」
瞬間、火花が散るように斬撃が交わされた。
俺はすぐさま前の浪士の刃を受け止め、横へと払う。だが、もう一人が背後から迫ってくるのを感じた。
「春樹!」
そうちゃんの声とともに、鋭い刀閃が走る。
「はっ……!」
そうちゃんの刃は迷いなく敵を捉え、浪士が地面に崩れ落ちた。
しかし——
「……っ!」
その瞬間、そうちゃんの動きが一瞬止まる。
顔が青白くなり、肩で息をする姿が目に入る。
「そうちゃん!」
俺が叫んだその時、別の浪士が彼女に斬りかかろうとしていた。
「——っ!」
俺は全力で駆け、刃を弾く。
「お前……!」
怒りのままに刀を振り抜き、敵を倒した。
気がつけば戦いは終わっていた。
「そうちゃん……!」
彼女は膝をつき、肩で荒く息をしていた。
「……大丈夫。」
そう言いながら、彼女はゆっくりと立ち上がろうとする。
「どこがだ!」
俺はそうちゃんの腕を掴んだ。
「お前、限界だろうが!」
「……私は、まだ戦える。」
「ふざけるな!」
俺は叫んだ。
「お前がどれだけ無理してるか、俺は知ってる!もう、いい加減——」
「……春樹。」
そうちゃんの声は、驚くほど静かだった。
「私は、新選組の一員だよ。」
その瞳には、迷いがなかった。
「戦い続けることが、私のすべてだから。」
俺は、それ以上何も言えなかった。
そうちゃんは微笑み、ゆっくりと立ち上がる。
俺はただ、彼女の肩に手を置き、そっと支えることしかできなかった。
燃え尽きるまで、彼女はきっと、戦い続けるのだろう。
俺は——それを、止めることができるのか?
いや、それとも——俺が支えなければ、彼女はもっと早く倒れてしまうのかもしれない。
俺は、何が正しいのかわからなくなっていた。