あの桜の木の下で

✿伊東甲子太郎✿

それから数日が経った。

そうちゃんの体調は少しずつ回復しているように見えたが、彼女の無理をする性格は相変わらずだった。屯所内の訓練にも顔を出し、竹刀を握る姿を見せることも増えていた。

だが、俺は知っている。彼女の動きが、以前よりもわずかに鈍くなっていることを。息が切れるのが早くなっていることを。

それでも、そうちゃんは何も言わずに前を向き続ける。



「……まただ。」

夜更け、俺はそうちゃんの部屋の前で立ち尽くしていた。

襖の向こうから微かに聞こえる、かすれた咳。そして、それに続く何かを押し殺すような音。

——血を吐いている。

「……っ。」

俺は拳を握りしめる。

わかっていた。もう随分前から、彼女の身体が限界に近いことは。

けれど、俺にはどうすることもできない。

俺たちは、新選組の隊士だ。戦い続けることしか、許されない。

だが——



「春樹。」

次の日の朝、そうちゃんは何事もなかったかのように俺の前に立っていた。

「今日も、巡察に行くよ。土方さんの指示でね。」

「……お前、本当に行くつもりなのか?」

「もちろん。」

そうちゃんは微笑んだ。

「私はまだ、新選組の一員だから。」

「……。」

俺は何かを言おうとしたが、結局、言葉にならなかった。

そうちゃんの目は、変わらず強い光を宿していた。

俺はそれ以上、何も言えなかった。

俺たちは新選組だ。戦い続けることしかできないのだから。

だから、せめて——

「……行くぞ、そうちゃん。」

「うん。」

俺は彼女の歩く先を、ただ見守ることしかできなかった。

そして、その道の先に何が待っているのか——それを知るのが、何よりも怖かった。

巡察の道すがら、そうちゃんはいつも通り静かに、そして確実に歩を進めていた。

その背中を見つめながら、俺の胸にはどうしようもない不安が渦巻いていた。

「春樹?」

そうちゃんがふと振り返る。

「どうしたの?」

「……いや。」

俺は首を振るしかなかった。

本当は言いたいことが山ほどあった。

「お前、本当に大丈夫なのか?」
「無理をするな。」
「もし辛いなら、戦うことなんて——」

けれど、その言葉はどれも、そうちゃんの前では無力だった。

彼女はきっと、「大丈夫」と微笑むだけだ。

そして俺は、何もできないまま、彼女の戦いを見守ることしかできない。

そんな無力さが、俺を焦らせた。



「おい、あれを見ろ。」

突然、他の隊士が指さした方向に目を向けると、通りの先に数人の浪士の姿があった。

「どうやら密談中ってところか。」

「どうする?」

「土方さんの命令は、不審な動きを見つけたら報告することだ。」

「だが……」

「……近づくぞ。」

俺たちは気配を消しながら、浪士たちの様子を探った。

「……もうすぐだ。備えろ。」

「京の町を炎で包む。その時こそ、幕府を——」

「——おい、新選組だ!」

俺たちの気配に気づいた浪士が叫び、刀を抜いた。

「斬れ!」

瞬間、火花が散るように斬撃が交わされた。

俺はすぐさま前の浪士の刃を受け止め、横へと払う。だが、もう一人が背後から迫ってくるのを感じた。

「春樹!」

そうちゃんの声とともに、鋭い刀閃が走る。

「はっ……!」

そうちゃんの刃は迷いなく敵を捉え、浪士が地面に崩れ落ちた。

しかし——

「……っ!」

その瞬間、そうちゃんの動きが一瞬止まる。

顔が青白くなり、肩で息をする姿が目に入る。

「そうちゃん!」

俺が叫んだその時、別の浪士が彼女に斬りかかろうとしていた。

「——っ!」

俺は全力で駆け、刃を弾く。

「お前……!」

怒りのままに刀を振り抜き、敵を倒した。

気がつけば戦いは終わっていた。

「そうちゃん……!」

彼女は膝をつき、肩で荒く息をしていた。

「……大丈夫。」

そう言いながら、彼女はゆっくりと立ち上がろうとする。

「どこがだ!」

俺はそうちゃんの腕を掴んだ。

「お前、限界だろうが!」

「……私は、まだ戦える。」

「ふざけるな!」

俺は叫んだ。

「お前がどれだけ無理してるか、俺は知ってる!もう、いい加減——」

「……春樹。」

そうちゃんの声は、驚くほど静かだった。

「私は、新選組の一員だよ。」

その瞳には、迷いがなかった。

「戦い続けることが、私のすべてだから。」

俺は、それ以上何も言えなかった。

そうちゃんは微笑み、ゆっくりと立ち上がる。

俺はただ、彼女の肩に手を置き、そっと支えることしかできなかった。

燃え尽きるまで、彼女はきっと、戦い続けるのだろう。

俺は——それを、止めることができるのか?

いや、それとも——俺が支えなければ、彼女はもっと早く倒れてしまうのかもしれない。

俺は、何が正しいのかわからなくなっていた。
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