あの桜の木の下で
池田屋事件からしばらくの時が経ち、新選組の名は京の街でさらに広まっていた。幕府の信頼を得たことで、新選組は以前にも増して多くの任務を担うようになり、新たな隊士の募集も行われることになった。
そして、その中には一際異彩を放つ男がいた。
「伊東甲子太郎——以後、お世話になります。」
屯所の広間で、彼はそう言って一礼した。
鋭い目つきに、理知的な物腰。口調こそ柔らかいが、その奥に秘められた自信と野心が垣間見える。
「これからは共に京の治安を守る同志として、尽力したいと思います。」
「うむ。」近藤さんは満足げに頷いた。「伊東先生の知識と剣の腕が加われば、新選組はさらに強くなるだろう。」
「お手並み拝見といこうじゃねえか。」土方さんが腕を組みながら言う。
「もちろんです。」伊東は静かに微笑んだ。「共に励みましょう。」
◇
「春樹、どう思う?」
その夜、屯所の庭でそうちゃんが俺に問いかけた。
「……正直、まだわからねえ。」
伊東甲子太郎。確かに剣の腕も立つし、学問もある。だが、どうにも掴みどころがない男だ。
「でも、何かを隠している気がする。」
俺がそう言うと、そうちゃんも静かに頷いた。
「私もそう思う。でも……」
「でも?」
「近藤さんや土方さんが彼を受け入れた以上、私たちが疑うわけにはいかないよ。」
「……まあな。」
確かに、新選組は組織で動いている。隊士の判断より、上の決定が優先されるのは当然のことだった。
「けど、気をつけたほうがいい。」
そうちゃんはそう言って、俺をじっと見つめた。
「伊東さんは、私たちとは違う考えを持っている気がする。」
俺は彼女の言葉を噛み締めた。
新選組に、新たな風が吹き込まれた。
それが、嵐の前触れでなければいいのだが——。
伊東甲子太郎の入隊から数日が経った。彼は剣の腕だけでなく、文武両道の才を発揮し、新選組内部でも一目置かれる存在になりつつあった。
「伊東先生は本当に頭が切れるな。」
屯所の片隅で、何人かの隊士が噂しているのが聞こえてくる。
「剣の腕も一流だが、それ以上に戦略や幕府との交渉にも長けている。近藤さんや土方さんも信頼しているらしい。」
「ふん、理屈ばかりで戦場で役に立つかどうかはわからねえがな。」
俺は彼らの話を聞き流しながら、静かに稽古場を見つめた。
伊東は新しく入隊した隊士たちに剣術の指導をしていた。
「いいか、ただ力任せに斬るのではない。敵の動きを見極め、先の先を取ることが重要だ。」
冷静な口調で指導する彼の姿は、俺たち新選組の剣術とはまた違う流派を感じさせた。
「——春樹。」
そうちゃんの声が背後から聞こえた。
振り向くと、彼女は相変わらずの穏やかな表情を浮かべながらも、その目はどこか鋭さを帯びていた。
「どうした?」
「……伊東さんのこと、やっぱり気になる?」
「ああ。」
俺は正直に答えた。
「確かに剣の腕もあるし、頭も切れる。だけど、どうにも信用しきれねえ。」
「うん……私も。」
そうちゃんは小さく息をつく。
「近藤さんや土方さんが彼を認めている以上、隊の一員として受け入れなければいけない。でも……」
彼女は少し言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「彼は、新選組のやり方とは違う何かを考えている気がする。」
「……ああ。」
俺も同じことを感じていた。
伊東は剣を交えるときも、話をするときも、どこか俺たちとは異なる価値観を持っているように思える。
そして、その価値観がいつか新選組を揺るがすことになるのではないか——そんな気がしてならなかった。
◇
「春樹、坂本龍馬って知ってるか?」
その夜、屯所の縁側で伊東が俺に話しかけてきた。
「坂本龍馬……か。」
知っている。いや、新選組にとっては決して無視できない名前だ。
「長州や薩摩と手を組み、幕府を倒そうとしている志士の一人だろ。」
「その通り。」
伊東は微笑んだ。
「だが、彼の考え方は決して間違ってはいない。」
「……何が言いたい?」
俺は伊東の目をじっと見つめた。
「幕府がこのまま続けば、日本は本当に良くなるのか?」
「……!」
俺は驚いた。
新選組の隊士である以上、幕府を守ることが当然の使命だ。それを疑問視するような発言は、普通の隊士ならば決して口にしない。
「伊東さん、お前——」
「私は、新選組がただの"剣"で終わるのは惜しいと思っている。」
伊東は静かに言った。
「この組織には力がある。しかし、その力をどのように使うかで未来は変わる。」
「……。」
俺は何も言えなかった。
伊東甲子太郎——この男は、やはり俺たちとは違う考えを持っている。
そして、その違いが、いずれ大きな波紋を生むことになるのかもしれない。
そう思わずにはいられなかった。
そして、その中には一際異彩を放つ男がいた。
「伊東甲子太郎——以後、お世話になります。」
屯所の広間で、彼はそう言って一礼した。
鋭い目つきに、理知的な物腰。口調こそ柔らかいが、その奥に秘められた自信と野心が垣間見える。
「これからは共に京の治安を守る同志として、尽力したいと思います。」
「うむ。」近藤さんは満足げに頷いた。「伊東先生の知識と剣の腕が加われば、新選組はさらに強くなるだろう。」
「お手並み拝見といこうじゃねえか。」土方さんが腕を組みながら言う。
「もちろんです。」伊東は静かに微笑んだ。「共に励みましょう。」
◇
「春樹、どう思う?」
その夜、屯所の庭でそうちゃんが俺に問いかけた。
「……正直、まだわからねえ。」
伊東甲子太郎。確かに剣の腕も立つし、学問もある。だが、どうにも掴みどころがない男だ。
「でも、何かを隠している気がする。」
俺がそう言うと、そうちゃんも静かに頷いた。
「私もそう思う。でも……」
「でも?」
「近藤さんや土方さんが彼を受け入れた以上、私たちが疑うわけにはいかないよ。」
「……まあな。」
確かに、新選組は組織で動いている。隊士の判断より、上の決定が優先されるのは当然のことだった。
「けど、気をつけたほうがいい。」
そうちゃんはそう言って、俺をじっと見つめた。
「伊東さんは、私たちとは違う考えを持っている気がする。」
俺は彼女の言葉を噛み締めた。
新選組に、新たな風が吹き込まれた。
それが、嵐の前触れでなければいいのだが——。
伊東甲子太郎の入隊から数日が経った。彼は剣の腕だけでなく、文武両道の才を発揮し、新選組内部でも一目置かれる存在になりつつあった。
「伊東先生は本当に頭が切れるな。」
屯所の片隅で、何人かの隊士が噂しているのが聞こえてくる。
「剣の腕も一流だが、それ以上に戦略や幕府との交渉にも長けている。近藤さんや土方さんも信頼しているらしい。」
「ふん、理屈ばかりで戦場で役に立つかどうかはわからねえがな。」
俺は彼らの話を聞き流しながら、静かに稽古場を見つめた。
伊東は新しく入隊した隊士たちに剣術の指導をしていた。
「いいか、ただ力任せに斬るのではない。敵の動きを見極め、先の先を取ることが重要だ。」
冷静な口調で指導する彼の姿は、俺たち新選組の剣術とはまた違う流派を感じさせた。
「——春樹。」
そうちゃんの声が背後から聞こえた。
振り向くと、彼女は相変わらずの穏やかな表情を浮かべながらも、その目はどこか鋭さを帯びていた。
「どうした?」
「……伊東さんのこと、やっぱり気になる?」
「ああ。」
俺は正直に答えた。
「確かに剣の腕もあるし、頭も切れる。だけど、どうにも信用しきれねえ。」
「うん……私も。」
そうちゃんは小さく息をつく。
「近藤さんや土方さんが彼を認めている以上、隊の一員として受け入れなければいけない。でも……」
彼女は少し言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「彼は、新選組のやり方とは違う何かを考えている気がする。」
「……ああ。」
俺も同じことを感じていた。
伊東は剣を交えるときも、話をするときも、どこか俺たちとは異なる価値観を持っているように思える。
そして、その価値観がいつか新選組を揺るがすことになるのではないか——そんな気がしてならなかった。
◇
「春樹、坂本龍馬って知ってるか?」
その夜、屯所の縁側で伊東が俺に話しかけてきた。
「坂本龍馬……か。」
知っている。いや、新選組にとっては決して無視できない名前だ。
「長州や薩摩と手を組み、幕府を倒そうとしている志士の一人だろ。」
「その通り。」
伊東は微笑んだ。
「だが、彼の考え方は決して間違ってはいない。」
「……何が言いたい?」
俺は伊東の目をじっと見つめた。
「幕府がこのまま続けば、日本は本当に良くなるのか?」
「……!」
俺は驚いた。
新選組の隊士である以上、幕府を守ることが当然の使命だ。それを疑問視するような発言は、普通の隊士ならば決して口にしない。
「伊東さん、お前——」
「私は、新選組がただの"剣"で終わるのは惜しいと思っている。」
伊東は静かに言った。
「この組織には力がある。しかし、その力をどのように使うかで未来は変わる。」
「……。」
俺は何も言えなかった。
伊東甲子太郎——この男は、やはり俺たちとは違う考えを持っている。
そして、その違いが、いずれ大きな波紋を生むことになるのかもしれない。
そう思わずにはいられなかった。