あの桜の木の下で
千駄ヶ谷の植木屋を離れ、俺は再び戦の渦へと戻っていった。

そうちゃんの墓標代わりに添えた桜の枝は、どれくらいそこに留まっていられるだろうか。誰も弔う者のいない場所で、ひっそりと風に吹かれながら、やがて朽ちていくのだろう。

けれど、それが新選組の運命だと、もう理解していた。

俺たちは、名もなく散る。歴史の中に飲まれ、誰かの記憶から消えていく。

それでも――

俺は歩みを止めることはできなかった。



江戸はすでに、不穏な空気に包まれていた。

旧幕府軍と新政府軍の睨み合いが続き、戦は避けられない状況だった。

俺は再び、仲間たちのもとへ戻った。

「……帰ってきたか。」

土方さんが、俺を見てそう呟いた。

彼の目には、すでに覚悟が宿っていた。もしかすると、俺と同じように、大切な誰かを失ったのかもしれない。

「これから、どうするんです?」

俺の問いに、土方さんは静かに答えた。

「戦うさ。どこまでもな。」

その言葉に、俺は何も言えなかった。

そうちゃんを失った俺には、もはやこの戦いに意味を見出すことはできなかった。けれど、それでも剣を捨てることはできない。

俺たちは新選組だ。

戦うことしか、許されない。



それからの戦いは、まさに地獄だった。

鳥羽・伏見の戦いで敗れ、江戸を脱した俺たちは、流れ流れて北へ向かった。

日々仲間が散り、気づけば、もうあの頃の顔ぶれはほとんど残っていなかった。

そして、ついに五稜郭まで辿り着いたとき、俺は悟った。

ここが最後の戦場になる、と。

土方さんは、最後まで戦い続けた。

けれど、彼もまた、戦場に散った。



俺は、一人生き残った。

戦が終わった後、荒れ果てた戦場に佇み、空を仰ぐ。

もう、新選組はどこにもいない。

「……そうちゃん。」

あの桜の枝は、今もまだ、あの場所にあるだろうか。

ふと、風が吹いた。

桜の花びらが、一枚、ひらりと舞い落ちる。

それはまるで、そうちゃんが微笑んでいるようで――

俺はそっと、目を閉じた。

五稜郭の戦いが終わり、幕府の時代も、新選組の時代も、すでに過去のものとなった。

俺は生き残ってしまった。

戦が終われば、俺たちはただの「反乱軍」だ。捕らえられた者、処刑された者、逃げ延びた者――どれも、新選組の末路としては皮肉なものだった。

江戸へ戻ることはできず、俺は名を捨て、顔を隠し、流浪の身となった。



ある日、千駄ヶ谷の植木屋にひっそりと足を向けた。

もはや幕府もなく、新政府の手がすべてを掌握した今、この場所を訪れる者はいない。

「……そうちゃん。」

かつてそうちゃんが息を引き取った家は、すでに人手に渡り、別の家が建てられていた。

けれど、庭の片隅に植えられた一本の桜の木だけは、変わらずそこにあった。

風に揺れる花びらが、ふわりと舞う。

「お前、こんなところにいるのかよ……」

目を閉じれば、微かにあの日の声が聞こえた気がした。

――春樹、無理しないでね。

無理をしなければ、生き残れなかった。
けれど、生き残った先には、何もなかった。



俺は、その後も名を偽り、時代の流れに身を任せた。

江戸は東京となり、侍の姿は消え、街は近代化されていく。

新選組の名を知る者も少なくなり、俺たちが生きた証は、歴史の片隅に追いやられた。

けれど、俺は忘れない。

桜の花が咲くたびに、そうちゃんの笑顔を思い出す。

散り際まで美しく、儚く、そして強く――

それが、新選組の生き様だった。
< 38 / 41 >

この作品をシェア

pagetop