あの桜の木の下で
千駄ヶ谷の植木屋を離れ、俺は再び戦の渦へと戻っていった。
そうちゃんの墓標代わりに添えた桜の枝は、どれくらいそこに留まっていられるだろうか。誰も弔う者のいない場所で、ひっそりと風に吹かれながら、やがて朽ちていくのだろう。
けれど、それが新選組の運命だと、もう理解していた。
俺たちは、名もなく散る。歴史の中に飲まれ、誰かの記憶から消えていく。
それでも――
俺は歩みを止めることはできなかった。
◇
江戸はすでに、不穏な空気に包まれていた。
旧幕府軍と新政府軍の睨み合いが続き、戦は避けられない状況だった。
俺は再び、仲間たちのもとへ戻った。
「……帰ってきたか。」
土方さんが、俺を見てそう呟いた。
彼の目には、すでに覚悟が宿っていた。もしかすると、俺と同じように、大切な誰かを失ったのかもしれない。
「これから、どうするんです?」
俺の問いに、土方さんは静かに答えた。
「戦うさ。どこまでもな。」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
そうちゃんを失った俺には、もはやこの戦いに意味を見出すことはできなかった。けれど、それでも剣を捨てることはできない。
俺たちは新選組だ。
戦うことしか、許されない。
◇
それからの戦いは、まさに地獄だった。
鳥羽・伏見の戦いで敗れ、江戸を脱した俺たちは、流れ流れて北へ向かった。
日々仲間が散り、気づけば、もうあの頃の顔ぶれはほとんど残っていなかった。
そして、ついに五稜郭まで辿り着いたとき、俺は悟った。
ここが最後の戦場になる、と。
土方さんは、最後まで戦い続けた。
けれど、彼もまた、戦場に散った。
◇
俺は、一人生き残った。
戦が終わった後、荒れ果てた戦場に佇み、空を仰ぐ。
もう、新選組はどこにもいない。
「……そうちゃん。」
あの桜の枝は、今もまだ、あの場所にあるだろうか。
ふと、風が吹いた。
桜の花びらが、一枚、ひらりと舞い落ちる。
それはまるで、そうちゃんが微笑んでいるようで――
俺はそっと、目を閉じた。
五稜郭の戦いが終わり、幕府の時代も、新選組の時代も、すでに過去のものとなった。
俺は生き残ってしまった。
戦が終われば、俺たちはただの「反乱軍」だ。捕らえられた者、処刑された者、逃げ延びた者――どれも、新選組の末路としては皮肉なものだった。
江戸へ戻ることはできず、俺は名を捨て、顔を隠し、流浪の身となった。
◇
ある日、千駄ヶ谷の植木屋にひっそりと足を向けた。
もはや幕府もなく、新政府の手がすべてを掌握した今、この場所を訪れる者はいない。
「……そうちゃん。」
かつてそうちゃんが息を引き取った家は、すでに人手に渡り、別の家が建てられていた。
けれど、庭の片隅に植えられた一本の桜の木だけは、変わらずそこにあった。
風に揺れる花びらが、ふわりと舞う。
「お前、こんなところにいるのかよ……」
目を閉じれば、微かにあの日の声が聞こえた気がした。
――春樹、無理しないでね。
無理をしなければ、生き残れなかった。
けれど、生き残った先には、何もなかった。
◇
俺は、その後も名を偽り、時代の流れに身を任せた。
江戸は東京となり、侍の姿は消え、街は近代化されていく。
新選組の名を知る者も少なくなり、俺たちが生きた証は、歴史の片隅に追いやられた。
けれど、俺は忘れない。
桜の花が咲くたびに、そうちゃんの笑顔を思い出す。
散り際まで美しく、儚く、そして強く――
それが、新選組の生き様だった。
そうちゃんの墓標代わりに添えた桜の枝は、どれくらいそこに留まっていられるだろうか。誰も弔う者のいない場所で、ひっそりと風に吹かれながら、やがて朽ちていくのだろう。
けれど、それが新選組の運命だと、もう理解していた。
俺たちは、名もなく散る。歴史の中に飲まれ、誰かの記憶から消えていく。
それでも――
俺は歩みを止めることはできなかった。
◇
江戸はすでに、不穏な空気に包まれていた。
旧幕府軍と新政府軍の睨み合いが続き、戦は避けられない状況だった。
俺は再び、仲間たちのもとへ戻った。
「……帰ってきたか。」
土方さんが、俺を見てそう呟いた。
彼の目には、すでに覚悟が宿っていた。もしかすると、俺と同じように、大切な誰かを失ったのかもしれない。
「これから、どうするんです?」
俺の問いに、土方さんは静かに答えた。
「戦うさ。どこまでもな。」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
そうちゃんを失った俺には、もはやこの戦いに意味を見出すことはできなかった。けれど、それでも剣を捨てることはできない。
俺たちは新選組だ。
戦うことしか、許されない。
◇
それからの戦いは、まさに地獄だった。
鳥羽・伏見の戦いで敗れ、江戸を脱した俺たちは、流れ流れて北へ向かった。
日々仲間が散り、気づけば、もうあの頃の顔ぶれはほとんど残っていなかった。
そして、ついに五稜郭まで辿り着いたとき、俺は悟った。
ここが最後の戦場になる、と。
土方さんは、最後まで戦い続けた。
けれど、彼もまた、戦場に散った。
◇
俺は、一人生き残った。
戦が終わった後、荒れ果てた戦場に佇み、空を仰ぐ。
もう、新選組はどこにもいない。
「……そうちゃん。」
あの桜の枝は、今もまだ、あの場所にあるだろうか。
ふと、風が吹いた。
桜の花びらが、一枚、ひらりと舞い落ちる。
それはまるで、そうちゃんが微笑んでいるようで――
俺はそっと、目を閉じた。
五稜郭の戦いが終わり、幕府の時代も、新選組の時代も、すでに過去のものとなった。
俺は生き残ってしまった。
戦が終われば、俺たちはただの「反乱軍」だ。捕らえられた者、処刑された者、逃げ延びた者――どれも、新選組の末路としては皮肉なものだった。
江戸へ戻ることはできず、俺は名を捨て、顔を隠し、流浪の身となった。
◇
ある日、千駄ヶ谷の植木屋にひっそりと足を向けた。
もはや幕府もなく、新政府の手がすべてを掌握した今、この場所を訪れる者はいない。
「……そうちゃん。」
かつてそうちゃんが息を引き取った家は、すでに人手に渡り、別の家が建てられていた。
けれど、庭の片隅に植えられた一本の桜の木だけは、変わらずそこにあった。
風に揺れる花びらが、ふわりと舞う。
「お前、こんなところにいるのかよ……」
目を閉じれば、微かにあの日の声が聞こえた気がした。
――春樹、無理しないでね。
無理をしなければ、生き残れなかった。
けれど、生き残った先には、何もなかった。
◇
俺は、その後も名を偽り、時代の流れに身を任せた。
江戸は東京となり、侍の姿は消え、街は近代化されていく。
新選組の名を知る者も少なくなり、俺たちが生きた証は、歴史の片隅に追いやられた。
けれど、俺は忘れない。
桜の花が咲くたびに、そうちゃんの笑顔を思い出す。
散り際まで美しく、儚く、そして強く――
それが、新選組の生き様だった。