Drive Someone Nuts
 ふと、父親の顔が浮かんだ。右の口角だけがあがった無理して笑っている顔だ。母親に出ていかれてからの父親の心の底から笑っている姿は思い出せなかった。父親が笑っていた時、母親の顔は疲れ切っていたようにも思うが。今あの寂しく丸まった背中を見て自業自得だと知っているが、だからといって詰る気にはならなかった。大学を行かせてくれているのも父親で、母親は私から逃げて元気?という言葉の一つもないからだ。

 誰かがすみませーん、と呼ぶ声は店内に響いた。手を上げている。
 一切自分のことは言わない、そんな岡田が少しでも高瀬に明かしてくれているのはなんでだろう。期待していいのだろうか。




 
 岡田さんがくれた住所はバイト先から二駅の、駅から降りて徒歩五分ぐらいにある小さなカフェバーだった。カウンター席とテーブル席両方あり、店内は薄暗かったが星形のようなライトが吊るされていたり、足元に置かれていてかわいいし配慮がきいている。大きいソファーに置かれたタッセルがついた黒いクッションが可愛い。

 先に中に入っていたらしく、テーブル席で手をひらひらさせている。

「お洒落ですね、ここ」

 真っ先にいいお値段しそう、と思って怖気づいた。岡田も大学生の割りに選ぶお店のチョイスが洒落ているので驚いた。「昼間は普通のカフェですよ」と笑った。
 メニュー表を広げてくれる。フードメニューも、ドリンクメニューもなかなか豊富だ。
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