恋するわたしはただいま若様護衛中!


 賑わう屋台の列を過ぎると、広めの公園が見えてくる。
 ここは遊具が設置された場所と、芝生が広がっている場所に分かれていた。
 日の入り時間がとっくに過ぎて、夏祭り用の提灯やストリングライトが周囲を照らす。
 そんな中、私たちは芝生に敷物を敷いて、各々屋台で購入した食べ物を食べることにした。
 伊吹はクラスメイトの友達と。雛菊さんも友達と一緒に過ごしている。
 私も、沙知と一緒に座って伊吹にもらったわたあめを食べていた。

「急に二人がいなくなってびっくりしたよ」
「ごめんね、私がわたあめに見惚れててはぐれちゃったの」
「伊吹に、じゃなくて?」
「っ! もう、やめてよ」

 ニヤニヤした沙知を睨んだ私は、念の為周囲に聞こえていないか確認した。
 みんな談笑していたから、少しだけ安心できた。すると沙知は、私と伊吹がいなかった時の状況をそっと教えてくれた。

「クラスの男子がね、“紅葉と伊吹二人で抜け出したんじゃないか”って言い出して」
「え? どういうこと?」
「つまり、二人が付き合ってるんじゃないかってこと」
「なっ⁉︎ そんなことあるわけないじゃんっ」

 私と伊吹が付き合っているなんて、そんなあり得ない話をしていたと知って青ざめた。
 その場には伊吹のことが好きな雛菊さんもいただろうから、嫌な気持ちになったかもしれない。
 これから伊吹の耳にも入ると思うと、居た堪れない気持ちになった。
 すると沙知が、私の肩にトンと手を置いた。

「そう言うと思って、私が“はぐれただけだよ”って否定しておいた。実際違うし」
「沙知ぃ、ありがとう〜」
「ただ、雛菊さんも同調してくれたけれど本音はわかんないよ」
「うう、はい……」

 そう言われて、疑われるようなことは控えようと肝に銘じた。
 お嬢様の雛菊さんにライバル視されるのも怖いし、何より伊吹を巻き込むことはしたくない。
 今後は、伊吹と距離をとりつつ護衛しよう。
 射的用のコルクの件が解決していない以上、警戒も怠ってはいけない。
 わたあめを食べ終えた私は、気合いを入れ直した。
 すると早速、雛菊さんが伊吹の元に向かうのが見えた。

「伊吹くん、打ち上げ花火まで時間があるから屋台回らない?」
「いいよ、他に行く人――」
「ううん。二人きりで行きたいの」
「……あ」

 屋台を回る人を募ろうとした伊吹の声を、雛菊さんが遮る。
 “二人きりで行きたい”とはっきり主張した雛菊さんは、真剣な表情をしていた。
 少し驚いた様子の伊吹も、ふわっと微笑んで「わかった」と返事をする。
 瞬間、私は息が詰まったような感覚に襲われた。
 そうして、伊吹と雛菊さんは二人きりで屋台の方へと歩いていく。
 その背中を見つめているだけで、胸の奥がズキズキと痛んだ。

「ついに雛菊さんが動き出したわね!」
「告白するのかな? さすがの伊吹も雛菊さんの告白は断らないだろ」

 クラスメイトのみんなの会話が、遠くに聞こえる。
 雛菊さんが伊吹に告白? 今日の雛菊さんは浴衣姿で、いつにも増してとっても可愛かった。
 学園マドンナの雛菊さんに敵う女の子なんていないから。
 きっと伊吹への告白も成功してしまうんだろうな。
 伊吹と雛菊さんのことで頭がいっぱいになってしまっていた私だけれど、ここで重要なことを思い出す。
 私の密かな任務。伊吹を護衛しなきゃ。

「沙知、実は伊吹が何者かに狙われてる気がするの」
「え? 何者かって、誰?」
「わからない。だから雛菊さんの告白の邪魔はしないように、伊吹の護衛してくるね」

 沙知には一応真実を報告しておいて、私はこっそりと伊吹の元に向かおうとした。
 背後から沙知のため息と「好きなら邪魔しちゃえばいいのに」という言葉が聞こえる。
 私もそうできたらいいのになと思うけれど、できないのが私という人間。
 だから、沙知の言葉には振り返らなかった。



 屋台周辺はいまだに人の往来が多い。私は気配を消しつつ、伊吹と雛菊さんを探した。
 すると私の位置から少し離れた屋台前で、順番を待つ二人を見つける。
 それは射的の屋台だった。
 順番が回ってきて、伊吹が射的用の銃を持った。その後ろで雛菊さんが応援している。
 真剣な表情で銃を構える伊吹もかっこいい。
 けれど私の中では、いつまでも見ていたい気持ちと嫉妬のような気持ちが混同していた。

『食べ物よりは射的したいな』
『紅葉と一緒なら楽しめそう』

 さっきの伊吹はそう言っていたけれど、今は雛菊さんと楽しそうに笑い合っていた。
 胸が押しつぶされそうに苦しかった私は、ハッとして首を振る。
 今は伊吹の安全を守ることだけに集中しないと。そんな使命感に駆られて、なんとか気持ちを落ち着かせた。
 それにしても、もう少し近づかないと護衛ができない。私は二人に気づかれないよう、そっと背後にまわった。
 その時、再び危険を察知して私は周囲を警戒する。
 ビュン!

「っ!!」

 今度は二つのコルクが飛んできて、私は両手でそれらを瞬時に掴み取った。


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