恋するわたしはただいま若様護衛中!


「ふう……間一髪」

 今回も伊吹を護衛できた。その満足感から、両手に拳を作ったままの私が安堵していると――。

「紅葉?」
「ひゃ……!」

 背後から名前を呼ばれて、冷や汗をかいた私がゆっくり振り向く。
 そこには戸惑っているような伊吹と、少し不機嫌な視線を送ってくる雛菊さんが立っていた。
 伊吹の手には、射抜いた箱菓子の景品が抱えられている。
 さすが伊吹――じゃなくて、私は見つかってしまったと焦った。
 キャッチしたコルクはひとまずショートパンツのポケットに突っ込んで、何事もなく接する。

「わああ偶然! 私はちょっとお腹空いちゃって焼きそばの屋台探してて〜」

 言い訳をしてみたけれど、雛菊さんが放つ空気は悪いまま。
 二人きりという約束の邪魔をしてしまっているのだから、当然だよね。

「私、向こうの屋台も見てくるね〜」
「あ、紅葉――」

 伊吹に呼び止められそうになった時、さらなる危険が迫ったことに私は気づく。
 またしても伊吹を標的に、今度はサッカーボールがものすごいスピードで飛んできた。
 ボールの軌道上には、伊吹の他に雛菊さんもいる。
 私は咄嗟に、伊吹と雛菊さんの肩をドンと突き飛ばす。

「っ!」

 すると私の鼻先ギリギリのところをすり抜けていったサッカーボールが、射的の屋台内にゴールした。
 景品が置かれた棚が、無惨にもバラバラに壊れる。
 一体どこに犯人がいるの⁉︎
 サッカーボールが飛んできたであろう方角に目を向けると、神社の境内に続く石段に小さく人影が見えた。
 私は直感的に、あれが伊吹を狙った犯人だと悟った。

「こらぁぁ! 誰だこんなところでサッカーやってる奴は!」

 射的のおじさんがすごい剣幕で怒っている。
 とりあえず伊吹の身は守れた。次は早く犯人を追いかけないと。
 そう思っていると、雛菊さんがズカズカと近づいてきた。

「ちょっと紅葉さん!」
「あ、雛菊さん。今急い――」
「私たちの邪魔しただけでは飽き足らず、今度は暴力なんてっ、ひどいわ」
「え、そんなつもりは……」

 邪魔をしたかったわけでも、暴力を振るったつもりもなかった。
 でも、そう思われても仕方がなかったから、私は心を込めて謝ろうとした。
 そこへ伊吹が割って入り雛菊さんを宥める。

「落ち着いて雛菊。あのままだったら俺と雛菊がボールに当たって怪我していたよ」
「……伊吹……」
「紅葉は雛菊と俺を助けてくれたんだ。そうだよな?」 

 伊吹が私に問いかける。その優しい瞳に、いつも助けられているのは私の方だ。
 ただ、犯人を早く追いかけないとまた伊吹が危険にさらされる。

「――ごめん! 私、行かなきゃ!」
「あ、紅葉……⁉︎」

 伊吹の声を無視して、私は鳥居に向かって駆け出した。
 謝罪よりも犯人を追うことを選んでごめんなさい。そんな気持ちを抱いたまま全力で走った。

「はあ、はあ……」

 鳥居前に到着した私が顔を上げると、すでに犯人の姿はなかった。
 生い茂る木々の合間の石段が、丘の上までずっと続いている。
 ここだけが異空間のように、人気がなかった。
 まだ近くに犯人がいるかもしれない。そう信じて、私は石段を登っていった。
 浴衣を着ていたら確実に動きにくかったから、私服を選択した私自身を心の中で褒めた。

「あ――⁉︎」

 石段を登り終えると、二つ目の鳥居と参道が続いていた。
 月明かりに照らされているおかげで、脇にある手水舎と、奥には境内が確認できた。
 遠くから夏祭りを楽しむ声がかすかに聞こえるけれど、ほぼ静寂に等しい神社周辺。
 そして境内の前に、誰かが一人立っていたけれどよく見えない。

「……あなたが、犯人?」

 私が声をかけると、その人物が一歩前へ出る。月明かりに照らされて、姿がはっきり見えた。
 夏祭りにぴったりな甚平を着て、スニーカーを履いている。
 青髪を首裏で一つに束ねているのもちらりと見えた。けれど、赤くて鼻の長い天狗のお面をして素顔が隠されている。
 いかにも怪しい人物。私が警戒していると、お面の人物が声を発した。

「……おまえ、忍者の末裔か」
「えっ、どうして……!」

 声は男性……というより私と年が近いようにも聞こえて、変な緊張が走る。
 私のことを忍者の末裔だとすぐにわかったお面の彼に、恐怖すら覚えた。

「俺の攻撃を全て回避した。普通の人間じゃできないからな」
「もしかして、あなたも忍者の末裔なの?」

 私が問いかけると、お面の彼はハハッと笑う。
 まるで小馬鹿にしたような不快な笑い声だった。

「そうだ。ただ、おまえより上のな」
「っ⁉︎」

 するとお面の彼の足元には、いつの間にかサッカーボールが転がっていた。
 それを足先で巧みに操り、膝や頭を使ってリフティングをはじめる。
 私が警戒していると、お面の彼がボールを思い切り蹴った。
 それが私に向かって飛んできたのだけれど、スピードが速すぎて避けるのが精一杯だった。


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