恋するわたしはただいま若様護衛中!
「ひゃっ!」
避けたサッカーボールが背後の大きな木の幹に当たり、跳ね返ってお面の彼の元に戻った。
まるで生きているような動きを目の当たりにして、不安と焦りに襲われる。
私以外に、忍者の末裔には出会ったことがなかった。
でも、今の攻撃は強力で、私との力の差を見せつけられた。
私は素早さには自信があるけれど、道具を使ったり攻撃したりはできない。
このままでは、ただお面の彼の攻撃を避けることしかできない。
伊吹を狙った犯人を特定しようと思ったら、逆に私が追い詰められている。
そんな中、お面の彼がもう一度ボールを扱いはじめた。
「どうする? このまま俺と戦うか、それとも今すぐ逃げるか」
「……っ」
問いかけてきたお面の彼は、華麗なリフティングを続ける。
きっと私は彼に勝てない。けれど、そんな私にだって譲れないものがある。
それは伊吹を守りたいという気持ち!
「……私は、逃げない!」
強い心で宣言すると、お面の彼はリフティングをやめて舌打ちをする。
そして再び、強力なキックでボールを蹴飛ばしてきた。
「っ⁉︎」
私はさっきと同じく回避しようと移動した。すると突然、ボールが軌道を変えて避けた私に向かってくる。
追跡されているようなボールの動きに、驚きと焦りが生じた。
当たる!と思って身構えた時、私を呼ぶ声がした。
「紅葉!」
「え――伊吹⁉︎」
石段を登ったところに、額を汗で光らせる伊吹が立っていた。
なぜここにいるの? そう尋ねる間も無く、伊吹が私に向かって走ってくる。
そして地面を思い切り蹴って高く飛ぶと、浴衣を着ているにもかかわらず空中でサッカーボールを蹴り返した。
伊吹のキックで勢いづいたサッカーボールは、お面の彼に一直線に向かっていく。
「くそっ!」
それを直前で避けたお面の彼だけれど、天狗の長い鼻先がボールを掠めてお面が外れる。
彼の足元に、お面がポトっと虚しく落ちた。
「紅葉! 大丈夫⁉︎」
私の両肩を掴んで、怪我の有無を確認するように視線を動かす伊吹。
これほど余裕がなさそうな伊吹を見るのは初めてで、私もあたふたする。
「あ、伊吹……どうして……?」
「心配だったんだよ。紅葉、一人でどんどん暗い方に行こうとするから……」
私を心配して、わざわざ追いかけてきてくれたんだ。
それを知って嬉しい気持ちがブワッと湧き上がる。反面、雛菊さんはどうしたのだろうと不安を抱いた。
「雛菊はみんなのところに戻ってるから」
「……そっか。よかった」
「だから俺たちも早く戻――」
言いながら伊吹がお面の彼に視線を向けた。
またいつ伊吹を狙おうとするかわからないから、私も警戒する。
すると、困惑したような伊吹の声が耳に届いた。
「……っ、倫太郎……?」
「……久しぶりだな、伊吹」
倫太郎と呼ばれた彼も、伊吹の名前を口にする。
久しぶりと返事をした倫太郎くんは、優しい顔立ちの伊吹とは真逆のキリッと凛々しい目元をした男の子だった。
二人の関係がまだわかっていない私は、ただ戸惑うばかり。
すると伊吹が色々と思考を巡らせたようで、ある答えに行き着いた。
「射的の時に飛んできたサッカーボールも、倫太郎の仕業?」
「そうだ。俺が伊吹を狙ってやったことだ。その女に邪魔されたけどな」
そう言って倫太郎くんがキッと睨んできた。野生動物並みの目力に、私はビクッと肩を震わせる。
隣にいる伊吹は理解も納得もしていない様子で、倫太郎くんに問い続けた。
「なんでそんなこと……。紅葉に対しても危険なことをしていたし、昔は優しいやつだったのに」
「それはお互い様だろ。伊吹も昔に比べてずいぶん変わっただろ」
「え……?」
すると伊吹は、自分の何が変わったのか見当がつかないような顔をする。
倫太郎くんはさらに呆れた様子で、大きなため息をついていた。
そして地面に落ちていたお面を拾うと、伊吹に対してビシッと人差し指を指す。
「とにかく俺は、伊吹を許さない。ついでにその女に自分を護衛させてるのも気に食わない!」
「な、紅葉は関係ないだろっ、俺が紅葉に護衛なんて頼むわけ……」
言いながら伊吹が私を見る。その瞳は「ないよな?」と言っているようだった。
伊吹には知られないように、陰から護衛していたのは事実。
正式に頼まれたわけではないけれど、倫太郎くんの話は正解だった。
私が返答できずにいると、最後に倫太郎くんが名乗りをあげる。
「俺の名前は、富岡倫太郎だ。そこのおまえ、覚えておけよ!」
「え……っ⁉︎」
突然強い風が巻き起こって、私と伊吹が顔を背ける。
次に顔を上げた時には、倫太郎くんの姿はどこにもなかった。