恋するわたしはただいま若様護衛中!


 急に静まり返った神社の境内前。
 それも、色々と謎を残したまま、伊吹と二人きりになっている私。
 伊吹になんて説明しようかと考えていると、花火が打ち上げられた音が聞こえてきた。
 夜空に咲いた花火は、神社の境内や鳥居を鮮やかに照らした。

「あ、花火はじまったね」
「へ? あ、どうしよう! 早くみんなのところに戻らないと」

 夏祭りの醍醐味である打ち上げ花火。誰もが大切な人と見られたらと思っているはず。
 沙知は私の帰りを。そして雛菊さんは伊吹の帰りを待っている。
 だから急いで戻らなきゃと思った時、伊吹に腕を掴まれた。

「……伊吹?」
「戻った頃には終わっちゃうから、ここで見ていこう」

 そうして空に目を向けた伊吹は、花火を見つつ無言になった。
 その隣で、私も花火が打ち上がるのを見つめた。
 ドン!と音が響くたび、胸にくる衝撃。それに混ざって、私の心臓は伊吹と二人きりの状況にドキドキしていた。

「……倫太郎とは」
「え?」
「小さい頃から同じサッカークラブに所属していて、仲が良かったんだ」
「倫太郎くんと同じ⁉︎ 伊吹が、サッカークラブ⁉︎」
「意外? 俺、実はサッカーが一番得意なんだよ」

 元々成績も運動も優秀な伊吹だけど、特別にサッカーが得意だったなんて知らなかった。
 だから倫太郎くんのボールを蹴り返すことができたんだ。
 私が納得していると、伊吹は倫太郎くんとの関係についてさらに語る。

「でも小学五年生の時に倫太郎が転校してからは、サッカーにも気持ちが入りにくくて部活にも入らなかった」
「そうだったんだ……」
「倫太郎は、俺がサッカーを辞めたから怒ってたのかな」

 伊吹の悲しげな横顔に、私は切ない気持ちになった。
 倫太郎くんが伊吹を狙う理由がそれだとしたら、早く誤解を解いてあげないと。
 そのためにはどうしたら良いのか考えていると、不意に伊吹に問いかけられた。

「紅葉、もしかしてずっと前から、俺のこと守ってくれてた?」
「っえ⁉︎」

 私の心臓がドキッと大きく跳ねて、思わず息を止めてしまった。
 倫太郎くんとの昔話に夢中になっていて、すっかり忘れていたけれど。
 私が伊吹を密かに護衛していたという疑惑がまだ残っていた。

「机から落としたはずの消しゴムが元の位置にあったり、図書館で山積みの本が崩れたと思ったら綺麗に直っていたり……」

 全部、私がバレないように伊吹を助けた案件だった。

「不思議だなって思ってはいたけれど、証明するものもなかったし。だけど倫太郎の話を聞いて合点がいったよ」

 私は怖くなって、静かに視線を落とした。
 勝手に伊吹を護衛していたことがバレた。
 密かに周りをうろついていたなんて知られて、気持ち悪いと思われたらどうしよう。
 伊吹が嫌悪感を抱いたら、もう二度と話せなくなってしまう。
 伊吹と住む世界が違う。だから遠くから見ているのが、私には性に合っている。
 今までずっとそう言っておきながら、伊吹と関わりを持てなくなることを恐れた。

「……私、実は忍者の末裔で。ほんの少しだけ普通の人よりも素早く動けたりするんだ。だから……」
「忍者、って。よく漫画とかアニメに出てくる?」
「うん。信じてもらえないかもしれないけれど……そうなの」
「……いや、その方が納得できるかも。そうか、知らない間に助けられていたんだね、ありがとう……」

 嘘みたいな本当の話を伊吹は全部信じてくれた。嫌われてはいないと悟って、私がそっと顔を上げる。
 けれど伊吹は深刻そうな表情をしていた。

「でも、もうしないで」
「……っえ」

 花火の爆音が体の奥まで響き、生ぬるい夏の風が吹いた。でも私の背筋には、冷たい何かがすっと通っていった。
 伊吹を陰から護衛していたこと。感謝はされたけれど、今完全に拒否された。

「もしも俺が、車に轢かれそうになったとして」
「え……」
「俺なんかを守ろうとした紅葉に何かあったら――俺は、一生自分を許さない」

 伊吹は苦悩の表情を浮かべ、ぎゅっと拳を握りしめていた。
 私はただ、片想い中の伊吹のために何かできないかと考えて、護衛することにした。
 なのに、その選択は伊吹に余計な心配をかける結果を生んだ?

「だから、もう危険なことはしないって約束して」
「でも、私にはそれしか――」

 伊吹にしてあげられることがない、と言いたかった。
 けれどその理由を問われたら、隠してきた恋心も伝えることになるから言えなかった。
 それに伊吹の悲しそうな顔を見たら、全ての言葉が喉に詰まる。

「俺に危険が降りかかっても、紅葉は見ないふりをすること」
「っ……」
「自分の身は、自分で守るから」

 優しく諭されてしまった私は、最後に小さく頷いた。
 それに対して「ありがとう」と伊吹は返事をしたけれど、私の心は希望を失ったように意気消沈としていた。
 それでも花火は打ち上がり、夜空に煌めき輝いて闇に消える。
 今まで生きてきた中で、一番寂しい花火だった。


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