恋するわたしはただいま若様護衛中!
第五章 若様の夏休み


 色々あった夏祭りが終わり、夏休みに突入した。
 それは私にとって、とてもラッキーなタイミングだった。

「紅葉〜、休みだからってダラダラしないでよ!」
「うーん」

 天気の良い午後一時。私はお昼ご飯を食べ終わり、リビングのソファで寝転がっていた。
 皿洗い中のお母さんに注意されるけれど、お構いなし。
 夏休みも折り返し地点を通過して、沙知のおかげで課題も計画的に進められていた。
 部活も習い事もないから、こうして休みを満喫している。

「暇なら家のお手伝いしてよ。洗濯と風呂掃除と――」
「あ! 本屋さんに行く予定あったんだ〜!」

 そう言ってわざとらしく立ち上がった私は、腕を伸ばして体をほぐす。
 家から歩いて十五分くらいのところに、最寄りの駅がある。
 併設された複合施設の中に、よく行く本屋さんあった。
 そして本屋さんに行った後は、行きつけのカフェで大好きなアイスココアを飲んで帰ろう。
 そんな計画を立てて急いで支度をした私は、ショルダーバッグを肩にかけて家を出た。



 家の中はエアコンのおかげで快適に過ごせるけれど、屋外はギラギラと夏の太陽が降り注ぐ。
 熱中症に気をつけながら、私は住宅街を歩いていた。
 暑さのせいか、ふと気を緩めてしまった私は伊吹のことを考えはじめた。

「伊吹は、夏休みになると家族みんなで海外とか行ってるのかなー……」

 伊吹を密かに護衛していたことがバレて、本人直々に禁止令が出されてしまった。
 そんな状態の中、夏休みに入るまでの数日間は本当に気まずかった。
 同じクラスだから毎日顔を合わせるから、避けようがない状況。
 でも夏休みに入った今、伊吹に会う機会はもちろんない。
 その姿を拝めないのは寂しいけれど、今は少し距離を置いた方が私は助かる。
 時間が解決してくれたら、夏休み明けにまた笑って会話を交わせるといいな。
 そんなことを考えていると、正面から高級そうなピカピカの車が走ってきた。
 すれ違いそうになった時、後部座席の窓が開く。

「紅葉ちゃん?」
「あ! 伊吹……くんのお母さん⁉︎」

 以前会ったことがある伊吹のお母さんが、笑顔で話しかけてきた。
 海外には行っていなかったから、私の予想は大外れに終わる。

「これからお出かけ?」
「はい。本屋さんに行こうかと……」
「あらあら、炎天下の中ご苦労様ね」

 緊張しながら答えると、心配そうに見つめてくる伊吹のお母さん。
 今日もとても素敵な着物を着ていて、暑い夏なのに汗ひとつ見えない。
 伊吹のお母さんもこれからどこかへお出かけなのかな?
 そう思っていると、伊吹のお母さんが突然閃いたような表情をした。

「そうだ、紅葉ちゃん! 今日これから駅前の公会堂で書道イベントがあるの」
「え? 書道イベント?」
「良かったら一緒に行かない? 一人で行くの寂しくて〜」

 両手を合わせて、今度は満面の笑みを向けてくる。
 本屋さんに行く用事は急ぎではないし、伊吹のお母さんのせっかくのお誘いを断るのも心苦しい。
 私は少し考えて、伊吹のお母さんのお誘いを受け入れることにした。

「わ、私でよければ……」
「ほんと⁉︎ 嬉しいわ〜! さあ、乗って乗って!」

 伊吹のお母さんは女子高生のようなテンションで喜び、後部座席のドアを開ける。
 車に乗り込むと冷房が効いていて、一瞬天国かと思った。
 伊吹のお母さんは専属らしき運転手さんに指示を出し、車がゆっくり走り出す。

「突然のお願い聞いてくれて、本当にありがとうね」
「いえ、実は暇をしていたので……」
「あら、いつでもうちの伊吹と遊んでくれていいのに〜」
「え⁉︎」

 夏休み中に伊吹と遊ぶなんて考えてもみなかった私が、つい大きな声を出してしまう。
 伊吹のお母さんがクスクスと上品に笑った。

「伊吹が嬉しそうに言ってたわよ? 夏祭りの花火を紅葉ちゃんと見たって」
「あの、いや、それはたまたまで……夏祭り自体はクラスのみんなと一緒でしたし」

 慌てて弁明したけれど、伊吹のお母さんは微笑んだまま。
 私の中では、あの花火の時間ほど気まずいものはなかったから記憶に蓋をしていた。
 でも伊吹にとっては、嬉しいことだったのかな?
 混乱する私に、伊吹のお母さんは優しく語りかける。

「昔はサッカークラブに入っていたんだけど、仲が良かったお友達が転校しちゃってね」
「え……」
「その子とのサッカーが楽しかった伊吹は、サッカー辞めちゃったのよ」
「そう、だったんですね」

 転校したお友達とは、倫太郎くんのことだと直感した。
 伊吹から聞いた話と一致している。
 でも、伊吹はどうして……夏祭りで私と花火を見たことは話すのに、倫太郎くんと再会したことはお母さんに話していないのだろう。
 そんな疑問を抱いていると、いつの間にか駅前の公会堂に到着していた。


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